文学ファイター

本当はページ分けて各話題に関して書いたほうが良いんだろうけど、面倒くさいのでひとまとめにして書くパターン。

人生が難しい

私は予知能力を持っている。でも、この予知能力は、いつ大地震が起きるかが分かるとか、〇〇さんと△△さんが結婚するかどうかが分かるとか、そういうものではない。自分がこの生き方を続けると、将来どうなるかという事が分かる。つまり、自分のことしかわからない。

例えば私がこのままサラリーマン生活を続けると、定年退職後に孤独死する。なんというアンハッピーエンド。そこで私はお金持ちになってサラリーマン生活を脱出しようと試みている。ちなみにもちろん、お金持ちになってサラリーマン生活を脱出した場合の私の人生も予知できる。それによると、一億円ためてお金持ちになった私は一人暮らしを始めるが、インドア派な私は外に出るのが億劫になり、社会とあまりかかわらなくなり、一日中言葉を発しないことが多くなる。社会との唯一の関わりがネットだけになり、極論ばかりのネットの情報に感化されて、私も極論ばかりを言う偏った人間になり、ますます社会性を失う。社会性を失った私は、「いや、良いんだ私は。お金さえあればいいんだ」という考えになり、金の亡者になる。親からも疎まれて縁を切られ、その後孤独死する。なんというアンハッピーエンド。

人生は難しい。

私は他の人よりも人生に関して考え過ぎている方だが、逆に皆は、人生に関して考えなさすぎである。「世の中には生きている人間はほとんどいない。多くの人は、ただ存在しているだけである」っていうどこかの哲学者の言葉があるけれど、このままだと私はまさに、ただ存在しているだけの人生を送ってしまいそうで怖い。

例えば私は可能であればインドア派で無ければ良かった。引きこもるタイプでなければよかった。学生時代はまだ集団に関わることを強制されるので友人もできるが、社会人になったインドア派はもはや出会いなど無いのだ。友人も彼女もできないのだ。だって外に出ないんだもの。人生に何も起きない。なので、いま学生であるインドア派の皆さんは学生のうちに友人……いや、友人なんてどうでもいい。彼女および彼氏を作っておくんだ。そして、大事に関係性を築き、社会人になったら結婚しなさい。なぜならインドア派社会人に出会いなど無いのだから。

でも、私だけ特別人生が難しいんじゃなくて、皆もそれぞれに人生が難しいと思う。人生が難しい理由の一つに、人生が「積み重ね型」だからというのがある。人間は0歳児をベースとして、1年分の経験を経て1歳になり、さらに1年分の経験を経て2歳になり、さらに1年分の経験を経て3歳になり――それを積み重ねて大人になる。この積み重ねの中で、もし他の人が当然積み重ねる経験を自分が積み重ねなかったとしたら、人生はなかなかにハードモードになるのではないだろうか。

例えば小学生から引きこもりになった子は、人生がなかなかにハードモードだと思う。掛け算割り算や常識的な漢字を習わずに大人になるときっと大変苦労する。

例えば大学受験や就職活動に失敗して心が折れてしまう人が時々いるけど、その人たちは自分が今まで積み重ねてきたものが無駄になるかもしれない恐怖、今後の人生できちんと積み重ねていけるかの不安で心が折れてしまうんだと思う。

それ以外にも「この年齢で当然積むべき経験」をしなかった人たちは、例えば常識が無かったり、空気が読めなかったりするのだ。例えば私とか。常識がないと人間は生きていくだけでも大変苦労する。空気が読めないと人間は生きていくだけでも大変苦労する。

人間には「必殺技型」と「バランス型」の二種類がいると思う。「必殺技型」は能力が偏っているため、ある分野では人と比べてより高い能力を発揮するが、ある分野では人と比べて全くできない、という人間のことである。「バランス型」は欠点が何もない上に、すべての能力が平均、もしくは平均以上の人間のことである。

皆子供の頃は「必殺技型」人間の方に憧れると思う。何をやってもてんで駄目だけど、この能力に関しては天才的な能力を発揮する、っていうやつ。アニメとかマンガもそういうキャラクターが主人公のことがよくあるし。

でも、大人になって周りを見てみて思うに、やっぱり「バランス型」の方が人生を幸せに生きていると思う。だって欠点がないんだもの。型にはまった「必殺技型」の人間にはかなわないかもしれないけども、欠点がないから人生にストレスがないんだよね。いいなー。

私はどちらかというと「必殺技型」人間だと思う。しかし具体的に私の必殺技が何で、さらにその必殺技を活かす仕事が何なのかが分からない。天の声で「君の必殺技は〇〇だ!!」って教えてくれればいいのに。でも「君の必殺技はスペシウム光線だ!!」とか教えられたら、間違って必殺技を出して人を殺してしまわないか心配しないといけないから、そういう意味での必殺技は望んでいないけど。

そもそも私にはなぜ友達がいないのか。友達というのは似た物同士がよく集まると聞いたことがある。映画好きには映画好きの友達が。アウトドア派の人にはアウトドア派の友達が。そうであるならば友達がいない私には友達がいない友達が出来るはずではないか。そして私は友達と「友達いないねー」という友達いないあるあるで大いに盛り上がるのだ!分かってる!これ矛盾してる!

しかし、思い出して見るに私は小学校5年生くらいから、自然と他人と距離を取るようになった。具体的に言うと、友達を家に呼ばないようになった。ちなみに、当時特にイジメられてるとかはなかったし、学校では普通に友達と遊んでた。しかし、自然と人間関係において間合いを取るようにはなった。でも、私だけじゃなくて世の中にいる友達いない派の人は、私と同じように、ある年齢に達すると他人と一定の距離を置くようになったりしているのだ。いや、していないの?どうなの?私、友達がいない友達とかいないからわからないけど。そもそも友達がいない友達だけじゃなくて普通の友達すらいないけど。

私のサイトに感想とかをメールで送ってくれたことがある人は知ってると思うけど、私は基本的に返信をしない。サイトへの質問とか誤りの指摘とかには、さすがに返信をしないのは失礼だから返信してるけども。なので、今まで私のサイトに感想メールなどを送った人は「何この人……。無視した?」って心が傷ついているかもしれないけど、大丈夫。私はあなたにだけ特別冷たいんじゃない。万人に冷たい。スーパークール。それが私。返信をしない理由なんだけども、やはりこれもある程度間合いをとっているんだと思う。私の中で。

でも、特に私の中で対人関係でものすごいトラウマがあるわけではない。確かに学生生活はそれなりに色々あったけど、それは私だけ特別ひどい目にあったんじゃなくて、皆も同様に経験するであろう程度の苦労だったし。つまり、きっと私の遺伝子に「他人と距離をとれ。間合いを詰めると斬られるぞ!!」っていう情報が書き込まれてるんだと思う。先祖に何があったか知らないけど。

つまり、私は他人と距離をとるインドア派なんだよ。そりゃ友達できないよ。しかもお金持ちになってもどうせ人生アンハッピーエンドだし。どうする?死んどく?

しかし死を考えた時に思うのはもったいない精神。日本人の心、MOTTAINAI。

例えば、この世界は私を中心に回っている。少なくとも私にとっては。なぜなら、私は私を通してしか世界を認識できないからだ。生まれる前に世界がどうだったかは知らないし、死んだ後に世界がどうなるかも知らない。さらに哲学の言葉に「我思う、故に我あり」っていう言葉がある。つまり、私にとっては私自身のみが唯一存在を確信できる存在であり、これを見ている貴様なんかは私にとって、もはや存在を確信できない、私のために用意されたロボットである可能性が大いにある存在。サブキャラクターである。

であるならば、この世界の主人公は私にとっては私である。つまり、世界はこの私のためだけに存在しているのだ。私のために日本の歴史が伝えられ、私のためにロッキー山脈が存在し、私のためにグラビアアイドルが存在するのだ。すべてが私だけのために。私へのプレゼンテーションのために。

そして、あなたにとっては、この世界はあなたを中心に回っている。なぜならあなたにとってはあなた自身のみが唯一存在を確信できる存在だからだ。私なんか、あなたが暇つぶしに見るウェブサイトを作成するためだけに作られたロボットだ。金魚のフンだ。

なので、あなたにとってこの世界の主人公はあなたである。世界はあなたのためだけに存在しているのだ。あなたのためにオタク文化が発達し、あなたのために万里の長城が作られ、あなたのためにジャニーズが存在するのだ。

この世界が私のためだけに用意されていると考えると、今死ぬのはもったいない。だって、私のためだけに周りの皆は多様なバックグラウンドの人生を歩んできたし、私のためだけに音楽や芸術が作られたし、私のためだけに映画、演劇、娯楽が作られたし、私のためだけに学問も矛盾無いように作ってくれてるし、私のためだけに日本語も作ってくれたし、私のためだけにあらゆる国々にあらゆる文化とあらゆる歴史とあらゆる人々を用意してくれてるのに。それ無視して自殺したら、多分、世界を作ったプレゼンターがっかりだよ。「えー!!アメリカ行けよ!!ラスベガス頑張って作ったのに!!」とか「生きてる間にルーブル美術館行けよ!!どれだけ頑張って絵を描いてあの舞台用意したと思ってるんだよ!!」とか「っつーか世界の歴史学べよ!!めっちゃ頑張って矛盾無いようにストーリー作ったのに!!」って泣くよ?可哀想じゃん、プレゼンター。こんなに頑張って私のためだけに世界を作ってくれたんだから、もう少し生きてるうちに色々世界を見学しないともったいないじゃん。だって、死んだらこの世界もう見れないし。MOTTAINAI。

私はどちらかというと自分のことを社会的弱者だと思っているけど、それでもメチャクチャ弱い方ではないと思う。なぜならちゃんと人生について考えて人生に対してレジスタンスができているからだ。真の社会的弱者は人生に対してレジスタンスすらできずに死んでいくのだと思う。

というか、社会的弱者だけでなく、一般人もあまり人生について考えていない。それはきっと皆孤独になったことがないからだと思う。孤独は良い。人間は孤独によって色々なことを考えだし、哲学しだし、人生も考えるのだ。人間は最低でも一年間くらい孤独を経験したほうが良いと思う。私は孤独すぎてもはやプロの領域に入っている。職業「孤独」と言っても過言ではない。もし今後私が何か事件を起こしてしまったら、職業を「孤独」って答えようと思う。ニュースでは「自称孤独の30代の男性は――」って放送されるのだ。すごい。自称「孤独」だから、実は孤独では無いみたいだ。

もはやプロ孤独の私にとって、人生というものは解明されつつある。所詮孤独でない貴様らは何も考えず働き、何も考えず結婚し、何も考えず幸せに暮らすのだろう。いいなあ!!

人類は、何のために生まれたか?私が正解を教えよう。人類は、昼間から酒を飲むために生まれたのだ。徹夜でゲームをしたり、徹夜でマンガを読むために生まれたのだ。ベッドの上で寝っ転がりながらポテチを食べるために生まれたのだ。それが、神が人類を作った理由。だって、これらのことは全部やると楽しいでしょ?

自己啓発の本を読んでください。みんな書いています。「自分の心がワクワクする方を選べ」と。有名な映画や小説はみんな言っています。「自分の本当の心の声を聞け」。ディズニー映画でも歌っています。「ありのままの自分になるの」。

ね?世の中で良いとされているあらゆる文物が昼間から酒を飲むこと、徹夜でゲームしたりマンガ読んだりすること、ベッドで寝転がりながらポテチを食べることを推奨している。私は何も間違ってない。むしろこれを読んで「いや、それは違う」というあなたの目は曇っている。常識という名で汚染されている。

例えば神様は7日間で世界を作ったとされる。月曜日に神様は光を作って昼と夜を作り、火曜日に空を作って、水曜日に大地を作って海が生まれ、植物を生えさせ、木曜日に太陽と月と星を作り、金曜日に魚と鳥を作り、土曜日に獣と家畜と人間を作り、日曜日に神様は休んだそうだ。

だから、人間もそれにならって月曜日から土曜日まで労働して日曜日に休むようになったそうだ。ただ、ここに物凄い間違いがある。人間による勘違いがある。

確かに神様は月曜日から土曜日まで作業したよ?でもこれ、義務感に駆られて神様は世界を作ったんじゃないよ。神様は「世界とか作ってみよっかなー」って思って作ったんだよ。分かるか?これ手芸だよ。趣味だよ。神様は趣味で世界作ったんだよ。世界っていうのは神様の労働で作られたんじゃなく、神様の趣味で作られたんだよ。

だから神様は月曜から土曜まで「ああ、これ終わったら大地作らないと……」とかいう低テンションで作ったんじゃなくて「うっほー!!この後大地作って太陽と月と星作って魚と鳥も作るんじゃー!!楽しー!!」っていう感じで世界作ったんだよ。日曜日とか多分やり遂げた感すごかっただろうね。「あー。世界作ったわー。めっちゃ面白かったわー」ってなってたと思う。

で、神様は一週間があまりに楽しかったから、人間にも「こんな感じで一週間過ごしなよ」って言ったら人間は何を勘違いしたのか、趣味じゃなくて労働を始めたんだよね。きっと皆馬鹿なんだよ。

人間は基本的に馬鹿なんだよ。自ら進んで辛く苦しい方に進む習性があるんだよ。例えば古代ヨーロッパでは戦争で大怪我した兵士に対して塩を塗りこんで治そうとしたらしい。なんという拷問。仏教では未だに辛く苦しい修行で悟りが開けるとしてるけど、確かブッダは「悟りというのは修行ではなく学びで開ける」って言ってたはず。優しい言葉で言えば「勉強すれば悟れるわ」って言ったんだよ。なのに未だに辛い修行をさせる仏教が存在する。例えば「2+3が5であることを学ぶのに腕立て伏せ30回と、足し算の勉強が必要」って聞いたら、「変じゃね?」ってなるでしょ。仏教の中にはこの「変じゃね?」ってことをやってるところがまだあるんだよ。

人間はなぜか「辛く、苦しい方が、効果がある。成果が上がる」っていう考え方をしがちなんだよ。皆、「人間は真面目に働かなければならない」という思い込みで月曜から金曜まで働いてるんだよ。月曜日に「会社行きたくない、学校行きたくない」って思いながら通うんだよ。自分の心の声に従うならば、会社・学校に行かないのが正解じゃない?

神様が人間を作ったならば、神様はきちんと人間を「正しい生き方をすれば幸せを感じるように」「間違った生き方をすれば苦痛を感じるように」作ったはずなんだよ。

なのに、神様もびっくりすることに、人間は自ら進んで苦痛を感じに行き、幸福を感じることに「その生き方は怠惰だ」と言っているんだよ。なにそれ怖い。つまり、世の中のほとんどの人がもはや正気を失っているんだよ。でも周りの人がみんな正気を失っているからと言って、私自身も正気を失う必要はない。なので私は人生にレジスタンスしている。

世の中には「人類はすべからく皆何らかの使命を持って生まれた」と信じる人がいる。人間は、自分の使命をみつけだし、その使命に命を捧げるべきだと。

でも、神様になった気持ちで考えてみてほしい。人類がこの世界に生まれて1万年以上。その間、何億もの人間が生まれて、神様はその一人ひとりに使命を授けたのだ。最初は「開拓者」とか「村人を守る」とか「人類史上重大な研究をする」とか真面目に神様も使命を授けてたと思う。でも、もう終盤ネタ切れである。神様も「正直、もうネタ無いわ……」って考えて、苦し紛れな使命をそろそろ考えだす頃だと思う。きっと私の使命は「誰よりも早く鼻毛が鼻から飛び出していることに気づく」という使命を持ち、そしてあなたは「『行ってきます』と言った後の去り際の哀愁が凄い」という使命を持っているのだ。

問題はこんな使命を持っていると知った時に「これに命を賭けよう」と思うかということだ。私は鼻毛に命を賭けようとは思わないし、あなたも「『行ってきます』のカリスマ」と呼ばれようとは思わないだろう。ならば、特に使命ってそんなに大事なものじゃないんじゃなかろうか。

「いや、違うんだ。使命のネタかぶりはオッケーなんだ!」って思う人もいるでしょう。でも「一番サッカーの才能がある人」と、もう一人「一番サッカーの才能がある人」は作れない。これは矛盾という。なのでネタかぶりがオッケーなら正確には「二番目にサッカーの才能がある人」とかになるんだろうと思う。

想像するんだ。世界で36番目にサッカーの才能がある運命に生まれた人のことを。彼は占い師に言われるのだ。「凄いです!あなたは世界で36番目にサッカーの才能がある人です!!」と。60億人中の36番目だよ?冷静に考えればめっちゃ凄い。でも、36番目だ。彼は思うだろうね。「36番目……か……」。微妙である。物凄く微妙である。彼は鬱屈とした気持ちになるでしょう。鬱屈としたスーパースター。36番目の男。そんな男の目の前に現れた42番目の男。「お前もモヤモヤした気持ちだろうだけど、ワシなんか42番目やで?もっともやもやするわ!!」そして生まれる36番目の男と42番目の男の熱い友情。心から分かり合える唯一無二の親友。良かったね。

つまり、人間は特に使命は持っていないし、使命を持っていたとしてもあまり重視することはない。だって人間は昼間から酒を飲むために、徹夜してゲームしたりマンガ読んだりするために、寝転がりながらポテチを食べるために生まれたのだから。

こういう反論もあるだろう。「それは他人に迷惑をかける生き方なのでは?」と。

私ももちろん、「他人に迷惑をかけてはいけない」と思っている。その生き方に異論はない。なので、「他人に迷惑をかけずに昼間からお酒を飲んだり、他人に迷惑をかけずに徹夜でゲームしたりマンガ読んだり、他人に迷惑をかけずにベッドで寝転がりながらポテチを食べる」生き方を模索している。これは、人生について真剣に考え、人生と真正面から戦うと誓った者達の使命である。人生を真面目に考えない軟弱者は、勝手に「月曜来るの嫌だわー」っていいながら何の抵抗もせず働けばいい。

というわけで、人生について「いかに他人に迷惑をかけず、かつ好きに生きるか」を真面目に考えた結果がお金持ちになることである。チャップリンも言っていた。「人生を恐れてはいけない。人生に必要なものは、勇気と想像力。それとほんの少しのお金だ」と。勇気と想像力は私は充分持っているけども、お金だけ足りない。金だ。金をくれ。

世の中の「お金持ちになる方法」的な本を読むと「お金持ちになりたくない人なんていないのだ」的な体で文章が始まることがある。本を読み慣れていない人はその文章に流されて「そうだな」と思う人もいるかもしれないけど、文章を読み慣れている職業「孤独」の私に言わせれば、これは嘘だ。世の中にはいるはずだ。「お金持ちになると、犯罪に巻き込まれそうで怖いし、お金が原因で不幸になりそう」っていう人が。そして、その考え方は一理ある。いや、私は純粋にお金持ちになりたい派だけど。

だから、私は「お金」は「宗教」みたいなものだと思う。うまく付き合うとその人を幸せにするけど、つきあい方を間違うとその人を不幸にする。例えば宗教は心の柱が欲しい人には効果があると思うけど、盲信して宗教が自分の人生のすべて!みたいになると必ずしもその人が幸福になるわけではないと思う。お金も同じで、そこそこお金を持っていると精神の安定に繋がるとともに、不幸を呼ぶ種にもなると思う。で、多分「お金とどう付き合うか」「宗教とどう付き合うか」はそれぞれの家庭文化で違うと思う。「こう付き合うのが正解」っていうのは無くて、人によって調度良い付き合い方のバランスが異なると思う。ちなみに私は「宗教とは距離を置く派」で、「お金はたくさん持ちたい派」だけど、この文章を読んでいる人の中には「宗教重視派」でむしろ「お金はあんまり持ちたくない派」もいると思う。そして、私の考え方もあなたの考え方も特に間違っていないと思う。お金持ちになりたい人はお金持ちになればいいし、宗教信じたい人は宗教信じれば良いと思う。

そういえば、日本人はよく無宗教と言われるけど、正確には「神様がいてもいなくてもどっちでもいい」派が多いんじゃないかと思ってる。例えば日本人は宗教を信じていない割には道徳的と言われているけど、正確には日本人は「道徳的に生きていれば、もし神様がいれば、多分天国に行けるだろう。もし神様がいないとしても、皆と仲良く平和に生きていけるし。神様がいようがいなかろうが、道徳的に生きてさえいれば万事オッケーだわ」って思ってると思う。少なくとも私は子供の頃そう思ってた。大人になって、神様を信じる心はどちらかというと弱まってるけど、でも特にわざわざ故意に悪をなそうとは思わない。

というわけで人生レジスタンスの話だけど、予知能力があり、サラリーマン人生をこのまま続けた場合の孤独死アンハッピーエンドを回避しようとしている私は、もちろんその後の金の亡者になって孤独死アンハッピーエンドを回避する作戦も立てられる。結婚すれば良いのだ。

私の人生計画では投資でお金持ちになって35歳で会社をやめる予定だから、その後結婚相談所に登録すれば良いのでは?しかし、公的には個人投資家という職業は存在しない。つまり、結婚相談所での私のプロフィールはこうなる。

35歳 無職 男性

こいつ人生をなめてるよ。もしくは結婚相談所に夢を持ち過ぎだよ。どんなに力を持った結婚相談所でも35歳無職男性を結婚させるのは難しいよ。むしろ、このプロフィールでお見合いを申し込まれたら、きっと相手は私を警戒しつつお見合いするんだろうけど、私も相手を警戒しつつお見合いすることになるよ。お互い「こいつ何考えてるんだ」って思いながらお見合いするよ。絶対破綻するよ。

だけど待ってほしい。私は35歳の時に1億円の資産を持っている予定なんだ。つまり、資産も登録できる結婚相談所に登録すれば良いのでは!?

35歳 無職 男性 資産1億円

こいつ殺し屋だよ。堅実に貯金してきた殺し屋だよ。無職の男が1億円持ってるわけがないもん。堅実に1億貯金して、35歳になったのを機に闇世界から足を洗った堅実な殺し屋だよ。これ見てお見合いを申し込んできた女性に「殺してほしい人がいるんです」とか言われて、ちゃうねん、私そういう人じゃないねん、って必死に否定することになるんだ。

しかし、結婚しなければ孤独死を回避できないので、私は35歳で一億ためた後に次は結婚に本気出すよ。どうせなら、めっちゃ性格よくてめっちゃ可愛いくてめっちゃ私のことを理解してくれる女の子と結婚するよ。そして幸福になるよ。

そもそも友達もいないのに彼女とか作れるの?って話だけど。人生は難しい。

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