文学ファイター

ついに目覚めし!第三の能力!

記憶の話

人間の記憶って曖昧だよね、っていう話。

私の小さい頃、多分幼稚園に通っていた頃くらいの記憶。ある日、家族でテレビを見ていたらニュース速報が流れた。

「アメリカ政府、宇宙人の存在を認める」

びびったね。そして喜んだね。明日から日常生活で宇宙人が見られるのかと、幼稚園児の私はワクワクしたね。

一時間後くらいに、ニュース番組でアメリカ政府が記者会見を開いて宇宙人の存在を否定したね。

「いやいや、無駄だよ」と当時の私は思ったね。一度認めておいて、再度否定しても、あわてて何かの事情で取り消したってのがバレバレだと思ったね。もはや、宇宙人の存在が白日の下に晒されるのも時間の問題だと思ったね。

ところがその後、特に何事も起こること無く至る現在。

今ググってみても「昔、一回宇宙人の存在をアメリカ政府認めたよね」っていう記事が見つからない。

確かに、当時幼稚園児だった私はそもそもニュース速報のテロップの文字を読めたのか?っていう点が気にかかるけど、多分母親に「何て書いてるの?」って聞いて、母親が「アメリカ政府が宇宙人の存在を認めたって」って教えてくれた……ような気がしないでもない。でも、この記憶は本当にあったことなのかどうか確かに怪しい……。

さて、これだけだと私の記憶力が悪い、っていうだけの記事になるので、お前の記憶だって充分あやしいわ!ってことを指摘してやろうと思う。

子供の頃の友達と遊んでいた記憶を、ちょっと思い出してみてください。できるだけ正確に。楽しかったでしょう。あんな事こんな事あったでしょう。

ところで、あれあれ?変ですね?なぜ今あなたが思い出している記憶にあなた自身の姿があるのですか?なぜあなたが思い出しているあなた自身の記憶があなた自身からの視点ではなく、第三者視点なのですか?

ということは、つまりあなたの記憶も、やはりぼんやりとしたものなのです。思い違い、記憶違いが存在するのです。

そして、この記事。不特定多数に向けて書いています。つまり、あなただけではなく不特定多数の人が、自分の昔の記憶を第三者視点で思い出してしまっているということです。

つまり、世の中のほとんどの人の記憶が曖昧なのです。なぜでしょう?

実はこの世界はどこかに「主人公」が居て、私たちはこの世界の通りすがりの「一般人」の役割を与えられているのかもしれません。適当なキャラクターなので、過去の経験も適当に作られた。その可能性もゼロではありません。なぜなら、実際に私たちの記憶は曖昧じゃないか。

実は今どこかで誰かがこの世界のために戦っていて、今、魔王に追い詰められていて、世界消滅の危機を向かえ、私たちの存在が消滅しそうなのかもしれません。なぜなら、実際に私たちの記憶は曖昧じゃないか。

実は、世の中に平行世界が複数存在していて、私たちが生きているこの世界は、平行世界の中でも不要な平行世界であり、私たちの存在というものが消えかかっているのかもしれません。なぜなら、実際に私たちの記憶は曖昧じゃないか。

現在のあなたの人格というものは過去の経験の積み重ねで構成されていると思います。でも、過去の経験……つまり、あなたの記憶がもし改竄されているとしたら?あなた、本当にそんな人格でした?

もしかしたらこの世界は昨日どこかの神様が夏休みの宿題に適当に作成した世界なのかもしれません。私たち「人類」という存在を生み出すために、とりあえず適当に各自に記憶を埋め込んだのかもしれません。

本当にこの世界は昨日とまったく同じ世界だったでしょうか?

え?「さすがに昨日の世界は、今日俺たちが実際にいる世界とまったく同じ世界だったわ」ですって?

じゃあ、昨日一日のことを思い出してみてください。

……あれあれ?なんで昨日のことすら第三者視点で思い出しているんですか?これすなわち、昨日の記憶すら曖昧……昨日の世界の形すら曖昧ってことですね?

昨日の記憶すら曖昧って言うことは、あなたの存在自体も危ういですね。例えばこの記事を読んでいるそこの子供。あなた、本当に自分が子供だと思っています?子供の割には大人の気持ちが分かったりしません?もしかしたら、元々大人だったあなたの記憶から適当に記憶を抜き出して、適当に子供記憶にして子供の体に入れられただけなのかもしれません。

あなたの家族は本当にあなたの家族ですか?あなたの記憶に適当に「親に愛された記憶」を入れ込んで、あなたの親の記憶に適当に「あなたを生んだ記憶」を入れただけかもしれません。

あなたの学校のいじめられっ子は、本当にあなたと無関係のいじめられっ子ですか?もしかして、お互いまったく記憶が無いけども、あなたの大切な人かもしれません。

あなたの恋人は本当にあなたの恋人ですか?適当に「好き」という記憶を入れられただけじゃないですか?違う?じゃあ思い出してみてください。あなたと、あなたの恋人の大切なあの記憶を……。思い出しました?じゃあ、聞きますけど、なぜその大切な記憶すら第三者視点なんですか?

「我思う、ゆえに我あり」っていう有名な言葉がありますが、ここまで読んで本当にあなたはあなた自身のことを信じられますか?昨日までの記憶すら曖昧なあなた自身を?

多分、ここまでの文章を読んで、あなたは頭の中で色々日本語で考えていることと思いますが、本当に日本語って実在する言語だと思っているのですか?

さて、ここまで「あなたの記憶は第三者視点で思い出されている」→「つまり、あなたの記憶は曖昧だ」→「つまり、この世界の存在すら曖昧だ」論法を述べてきましたが、見方を変えてみましょう。

もし「記憶を第三者視点で思い出すのが普通」の事だとしたら?そもそもこの「第三者視点」って一体「誰」の視点なんだ?

この記事を読んでいるそこのあなた。今のあなたを見ている第三者の視線を感じません?

「感じねぇよ」っていう方は、じゃあ質問を変えます。今、多分あなたはパソコンか携帯かスマホでこの記事を読んでいると思います。現在のあなたの姿を、もし第三者視点で後から思い出すとしたら、どこのアングルからあなたの事を思い出しますか?

そこでしょ?そこだよ!あるじゃない!そこに目が!「あなた」自身のもう一つの目が!

え?ぼんやりとしか感じない?「考えるな。感じろ」。ぼんやりとしか感じられないのは当然ですよ。だってあなた、その目の存在をこれまで意識して使ったことが無いじゃない。今日、この記事を読んで初めてそこに自分のもう一つの目があることを認識したんじゃない。

え?自分の姿もぼんやりとしか分からない?背中にゴミがついているかどうかすら確認できない?そうですよ!もう一つの目はあなたが今まで使っている目とは少し種類の異なる目ですからね。もうちょっと特殊能力的な目なのですよ。

――「運命の日」は近い。その"時"まで、そのもう一つの目をある程度使いこなせるようにしておいてください。

ここまで文章を読んでなお、私の論理が怪しいとかオカルトだとか言っている迷える民には、この導きの言葉を送ろう。

『この目を使いこなせるようになれば、自分の近くに居る女性のスカートの中を覗き放題』

"第三の目"の封印は解かれた。これはまだ『始まり』に過ぎない――。

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