文学ファイター

中二病的タイトル。

正常に異常

私がウェブサイトに載せている色々な文章を読んでいただければ分かると思うけど、私はやや考え方が変わっている。ところで、あなたの思考や思索も、きちんと正常に変わっているだろうか?正常に異常だろうか?

例えばあなたの頭の中の全ての思考が、思索が、現実世界のこの世界に当てはめて全て常識的で問題ないのなら、それこそ異常だ。思考・思索の全てが一般常識と違わないなんてありえない。なぜなら現実世界には規則があり、法律があり、常識があるからだ。そして、思考や思索には規則はなく、法律はなく、常識もないのだ。

全く自由な世界のあらゆる事が、制限のある世界の決まり事にたまたま全て収まる。そんな事態は客観的に見ておかしいだろう。

もしあなたの思考や思索の全てが現実世界の常識の枠に収まっているという異常事態になっているのなら、考えられることはひとつ。あなたは実は何も考えていないのだ。あなたは誰かの意見や考えを、あたかも自分の意見や考えと錯覚して生きているのだ。

例えばテレビや雑誌に表明される誰かの考えや意見は、一般常識の範囲内に収まる。なぜなら現実世界に発表するための情報だからだ。例えば、お昼のワイドショーや夜のニュース番組では、頭の良さそうな人がものすごく説得力ある考えや意見を公表している。彼らは私達の代わりに考えてくれて、私達の代わりに結論まで出してくれる。そして、それを聞いた私達は考える必要はなく、単純に「同意」か「否定」のみ考えれば良いのだ。

そして、メディアから流れてくるそれらの情報にあなたは「同意」か「否定」を続けるうちに、あなたの中にそれらしき思考や思索が出来てくる。それは、一見それらしき意見を伴っており、一般常識に違わない。そう、一般常識に違わないのだ。誰かの意見にただただ「同意」か「否定」かのみを考えたあなたの思考は、メディアで誰かが一般常識の範囲内で表明した考えをコピーしただけだから、あなたの思考や思索の全ては一般常識の範囲内の域を出ないのだ。

ところで、本当に誰かの考えをそのまま模倣することなんて出来るのだろうか?例えばニュース番組で偉い教授がそれらしきことを言って、大変説得力があったなら、私達は「同意」するだろう。でも、その教授は言葉にした考え以外に、事前のたくさんの知識・情報を持っているのだ。その教授は、知識や情報を元にその考えを言ったので大変説得力を持った意見を言えたけど、見ている私達は、その知識や情報を知らないまま、意見に説得力があるというだけの理由でその考えを模倣するのだ。

つまり、誰かの意見や考えをそのままコピーするなんて出来っこないのだ。人はそれぞれ、事前に持っている知識や情報が違うんだもの。つまり、誰かの意見や考えを無意識にコピーしたあなたは、実はその意見や考えを公表した人の劣化コピーの意見や考えしか持てないのだ。

この文章を読んでいて、「大丈夫!私の考えはそこそこ極端!」っていう人もいるかもしれないけども、その人も本当に自分の頭で考えているかどうか怪しい。

例えば、韓国人は良い人だろうか?悪い人だろうか?対して日本人は良い人だろうか?悪い人だろうか?アメリカ人は良い人?悪い人?中国人は良い人?悪い人?

正解は「良くも悪くもない」だ。つまりグレーだ。上の全ての回答はグレーだ。冷静に考えれば分かるけど、韓国人にも日本人にもアメリカ人にも中国人にも、良い人もいれば悪い人もいるに決まっている。犯罪率ゼロの国もないし、犯罪率100%の国もない。募金する人がゼロの国も無いし、募金する人が100%の国もない。

「キリスト教は善か悪か?」「イスラム教は善か悪か?」「仏教は善か?悪か?」「無宗教は善か?悪か?」全部グレーだ。

「黄色人は頭が良いか?」グレーだ。「黒人は運動神経が優れているか?」グレーだ。「弱者であればどのような事態であれ優先的に助けられるべきか?」グレーだ。「あなたは良い人か悪い人か?」グレーだ。「人類は絶滅すべきか否か?」グレーだ。

大体冷静に考えれば分かるけど、大抵の疑問に対する正解はグレーだ。常識的に考えれば分かるだろう。グレーが正解なことが。

さて、世の中の大抵のことはグレーが正解なことが分かったうえで、ネットで色々な情報を見ていただければ分かるけど、ほとんどの情報が「白黒」つけてる。しかも、それっぽい説得力ある情報を伴って。

これはつまり、人間という生き物は「白黒はっきりつける」のが好きなのだ。「グレーという情報を保持する」のが苦手なのだ。私達はさも他の動物に比べて高等な生物のふりをしているけど、結局「白」と「黒」という単純な情報に処理したがるのだ。

私達はなぜか「グレーな意見」を意見を表明することを逃げている、と錯覚するけど、実はグレーが正解で、「白か黒か」の意見は大抵の場合は極論だ。そしてネット上には極論の意見があふれていて、私達人間は極論を好むのだ。

つまり、極論を持つあなたの思考や思索は、ただ単に極論の意見をコピーしただけの、誰かの劣化コピーかもしれない。

例えばネットが世に出た時、私達は「テレビ以外にも色々な意見が聞けるから、自分で考える力がつくぞ」と錯覚したけど、実はネットが世に出た時、ただ単に私達の代わりに考えてくれる人がたくさん現れただけかもしれない。

そもそも本当に世の中に自分の頭で考えられている人なんているんだろうか?例えばネットやメディアで自分の考えを表明しているその人自身も、実はどこかの誰かが表明した意見や考えの劣化コピーを自分の考えとして表明しているだけかもしれない。皆、誰かの思考や思索の劣化コピーを「自分で考えた」と錯覚しているだけで、実は大多数の人が自分で考えていないんじゃないか?

そう考えると、きっと知識ある人が本気を出せば、大衆を扇動することは簡単なんだろう。分かりやすい極論とそれらしき説得力ある考えを大衆の代わりに考えてあげて、メディアで何度も表明してあげるだけでいいんだもの。洗脳なんて簡単だ。

本当に今のあなたのその思考は、思索は、自分で考えたものなのだろうか?誰かの劣化コピーではないだろうか?そして、実はこんな文章を書いている私自信のこの考えも、実は誰かの劣化コピーなのかもしれない。そして、自分ではこの意見や考えが誰かの劣化コピーか否かなんて分からないのだ。劣化コピーというのは無意識に行われるものだから。

この文章を読んであなたが何か影響を受けているとしたら、あなたはきっと私の劣化コピー。

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