文学ファイター

ノーリスクで人生を送るなんて無理だ。

普通の人生リスク

人生にはリスクがある。それは例えば「冒険家になる!」とか「起業する!」とか「株で生きていく!」っていう特別な生き方にだけリスクがあるのではなく、普通の生き方にももちろんリスクがある。

例えば、普通の人生を生きるとすると、あなたが大学を卒業して就職したならば22歳から定年の65歳まで、大きな休みも取れないまま働き続ける。これはリスクだ。あなたの人生の大半は「家族」ではなく「趣味」でもなく「労働」という思い出で埋められるのだ。

さらに定年の年齢は伸びつつある。つまり、あなたがまだ若いなら、あなたが生きているうちに更に定年の年齢が伸びるかもしれない。あなたがまだ若いなら、年金をもらえる額が少なくなるという話は聞いたことがあるだろう。つまり、定年退職した後に年金だけで生きていける未来にはなっていないかもしれない。つまり、普通の生き方を選んだあなたは死ぬまで働き続けないといけないかもしれない。

あなたが普通のサラリーマンなら、結婚し、子供が生まれたら家族との時間を大切にしたいと思うだろう。でも、あなたがローンで家を建てたなら、あなたの会社は「もう、こいつはちょっと無理を言っても会社をやめることはないだろう」と判断し、あなたを転勤させるかもしれない。あなたは家族を家に残し、単身赴任するのだ。一人で遠く、家族と離れて暮らすのだ。家族のために。そして、久しぶりにあった子供にあなたは言われるのだ。「おじさん誰?」と。そして妻に言われるのだ。「仕事と家庭、どっちが大切なの?」と。あなたはただ普通の人生を生きているだけなのに。

でも、きっとそこまで未来は悪くないだろう。少なくとも定年制度は無くならないはずだ。退職金も出るからお金は大丈夫なはずだ。そう考えるかもしれない。でも、あなたには「定年を迎える前に死んじゃうリスク」がある。定年後にめっちゃ遊んでやると思っていたアナタは、人生で何を楽しむこともなく、死ぬのだ。あなたは人生を楽しむためではなく、人生を働くために生きたのだ。ただそれだけの人生だったのだ。

この世にリスクのない人生なんて無い。というか、全てリスクだ。例えばあなたは男だ。男なので「力仕事任せられるリスク」がある。あなたは体力ないのに。例えばあなたは女だ。女なので「どうせ結婚して退職するんだろ?だから昇進させないリスク」がある。あなたはそこら辺の男よりよっぽど頭がいいのに。例えば私達は日本人だ。私達はただ日本人というだけで、過剰に期待されたり、逆に過剰に嫌われたりする。私達がただ日本人というだけで。これはリスクだ。

例えばあなたが健常者なら「健常者なら他の人と同じように当たり前のことが当たり前に出来るだろう」と思われるリスクがある。健常者でもそれぞれに事情があるだろうに。例えばあなたが障害者なら「この人は他の人よりも不幸な人生だし、きっと幸せになれないだろう。仕事も人より劣った能力しか発揮できないだろう」と思われるリスクがある。例え、もしあなたに片腕が無くても、あなたは幸せに生きることはできるし、すべての作業が出来ないわけではなく、出来る作業も当然あるし、努力次第では健常者よりもうまく出来ることさえあるだろう。

勇者に選ばれちゃったリスクもあるだろう。例えば世界に危機が訪れ、あなたが勇者に選ばれた場合、あなたは超痛い思いをしたり、死んじゃったりするのだ。あなたは「まさか右腕を持っていかれるとはな……」と冷静な口調で言える自信があるだろうか?モテモテリスクもあるだろう。ある日突然あなたが異性にモテだしたとしよう。でも、所詮優柔不断なアナタのことだから、きっとあなたを狙う異性は、血みどろの争いを繰り広げ、最終的にあなたは「私と一緒に死んで!」とか言われて包丁で刺されるのだ。

つまり、もう駄目なのだ。安全なんてものはないのだ。全てリスクなのだ。正解なんてないのだ。私達はもう駄目だ。この世は地獄だ。死ぬしかないのだ。さらば地球よ。世界は終わりだ。

――ということを言いたい訳じゃない。この世は全部リスクだけど、大事なのは「どうリスクを回避するか」ではなく、「どのリスクをとるか」だ。リスクは回避できないけど、どのリスクをとるか選択は出来るのだ。

私が上に挙げたリスクを許容できるなら普通の人生を送るべきだし、そうでないならそれ以外の生き方を模索すればいい。

例えば私個人の話をすると、私は友達がいない。彼女もいない。だから誰とも遊ばないし、思い出も増えない。つまり、私が「普通の人生」を送ろうとすると、本当にただ単純に40年以上も「生きるために働く」ことになる。孤独に。たった一人で。40年ならまだマシで、最悪死ぬまで働くことになる。誰のためでもなく、自分一人のために。孤独に。そして死ぬのだ。なにこの暗く悲しい人生。ただ単に「普通の人生」を選んだだけで、私の場合は「暗く悲しい人生」を送ることが確定してしまうのだ。

だから私は泣きながら株の勉強をして、泣きながらお金を貯めてる。いつか会社をやめても生きていけるほどお金が貯まることを夢見て。もちろん株にもリスクがある。それも、かなりの。でも「暗く悲しい人生が確定している人生」と「暗く悲しい人生が確定していない人生」なら、私は確定していない人生を選ぶよ。

というように「普通の人生」が万人受けする人生ではなく、人によってはむしろよりリスクのある人生を選ぶべき、ってこともあるのだ。例えば私みたいに友達も彼女もいないそこのあなた。あなたは本当に「普通の人生リスク」を意識してる?

でも、別に「普通の人生」を全て否定しているわけじゃなくて「普通の人生を送るべき」ってことも当然あるだろう。例えば、仕事自体が好きだったりやりがいがあるなら、わざわざリスクを取って普通じゃない人生を選択しない方がいい。ただ「仕事にやりがいはあるけど、家族との時間は大切にしたい」とかだったら、そういう時に初めてどのリスクを選択するか考えればいいと思う。

それに、たしかにほとんどの人にとっては「普通の人生」が一番リスクが低い気がする。なぜなら、普通の人生を送っているアナタは、もし「普通の生き方をしている人が不幸になる事態」に陥った場合は、アナタだけでなく他の大半の普通の人生を送っている人も不幸になるからだ。少なくとも、あなたが何かを選択したせいで、あなただけ不幸になる、という最悪の事態は避けられる。そして、大半の「普通の人生」を選んだ人が不幸になった場合は、なんらか社会的な救済策が行われるだろう。

でも、少数の「普通の人生選ばないほうがいいよね」って人は確実にいるのだ。私みたいな人は、私以外にも確実にいるのだ。そういう人は「普通の人生リスク」の事をちゃんと認識して、どのリスクを選ぶか自分で判断しないといけない。少なくとも「確実に不幸になる選択肢」は避けないといけない。

そして「普通の人生を生きている人」も「最悪死ぬまで働くことになるかもしれないリスク」とか「家族との時間が取れないリスク」はきちんと考えておかないといけない。このリスクを甘んじて受け入れるにしても、受け入れながらこのリスクを減らすことは可能だ。貯金をためるとか、土日きちんと休める会社に転職する、とか。

最悪なのは「面倒くさいからとりあえず普通の人生を選択し、その結果、私が普通の人生を選ぶべき人じゃなかった時」だ。だから、ちゃんと自分がどう人生を送りたいかと、自分が今の生き方を続けるとどういう結果になるかはきちんと考えたほうがいいよ。

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