文学ファイター

子供時代は弱肉強食

大人たちは、純心じゃなかった子供時代を忘れている。

なぜだか、世界中の大人たちは、純真じゃ「なかった」子供時代を忘れている。思い出してくれ。君たちは、生まれてこの方一度も純粋無垢な生き物であったことはない。子供たちは、子供時代をサバイブしている。彼らは生き残るために、あらゆる卑怯な手段を使う。

子供たちは、子供時代を生き抜くために、媚を売る方法を学ぶ。なぜだか分からないが、大人たちはいかにも子供っぽい声を出すと「なんて純粋無垢なかわいい子なんだ」と、コロッと騙される。最も分かりやすい例で言えば、テレビに出る子役たちだ。彼らは、演技として「いかにも子供っぽい声」を出している。良く聞けば、彼らが猫なで声を出していることは、一目瞭然。いや、一聞瞭然。嘘だと思うなら、現役の子供たち(?)に、テレビを見ているときに聞いてみればいい。「ところで、このテレビの子供はわざと子供っぽい声を出しているかい?」と。子供たちは、必ず、「当たり前だよ。聞けば分かるじゃん」と答えるだろう。これは別に子役たちが悪いのではなく、大人たちが子供たちに「子供っぽい声を出すこと」を指示しているからだ。視聴者は子供たちに「子供っぽくあること」=「純粋無垢であること」を期待する。子供たちは子供時代を生き抜くためには大人を味方につけた方がよいということを知っているので、進んで大人に気に入られようとし、甘えた声を出す。「いや、俺は大人に媚を売ったことは無いよ」という人もいるだろうが、君に対する大人たちの評価は媚を売る子供たちよりも低いものだっただろう。君はうまくサバイブできなかったのだ。特に、学校では「先生には媚を売って、もの凄く好かれているけども、先生がいないときは、ある子をいじめている」という子供が良くいる。というか、そういう女の子がいるのを見て「女の子は怖いなー」と思った記憶がある。

大人たちの対立は話し合いで解決されるが、子供たちの対立は暴力で解決される。気に入らないことがあれば、「気に入らない」とアピールするのではなく、殴る。なので、実のところ、人間関係の苦労というのは、大人よりも子供たちの方が大きい。腕っ節の強い子はいいが、私のような運動神経が全くない子にとって学校は地獄だった。なぜなら、話が通じないと、彼らは、「論理性の正しさ」よりも、「喧嘩した場合どちらの方が強いか」をアピールしてくるからだ。モンスターペアレントで先生たちは苦労しているかもしれないが、子供たちは「モンスター同級生」に苦労しているのだ。

子供たちは喧嘩が強くないといけないし、大人に気に入られないといけない。なぜなら、それが彼らの「子供時代を生き抜くための」サバイバル手段だからだ。私の姉は、小学一年生のころ、しみじみと呟いたそうだ。「人生って大変……」。

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