文学ファイター

なお、この人生マスターは一人でファミレスに行ったことがない。

世の中には4種類の人間がいる

人間はどのような人生を送れば幸福なのか。もはや私ほど人生について勉強している人はいないのではないだろうか。今後は私のことを人生マスターと呼べ。

そんな人生マスターの私が人生の研究を続けたところ、世の中には4種類の人間がいることが分かった。え?「どこかで世の中には2種類の人間がいるって聞いたことがある」だって?なんだよそいつ。人生についてちゃんと勉強したのかよ。人生素人だろ。どうせ「男と女だ」とかくだらない事を言うんだよ。滅びればいいのに。

私が発見した四種類の人間とはすなわち、以下である。

  1. 将来を楽しく生きられるよう計画できており、かつ現在も楽しく生きられる人
  2. 将来を全く考えていないが、現在を楽しく生きられる人
  3. 将来を楽しく生きられるよう計画できているが、現在を全く楽しめていない人
  4. 将来を全く考えていないし、現在も全く楽しめていない人

まず、「将来を楽しく生きられるよう計画できており、かつ現在も楽しく生きられる人」。こいつは人生の強者。真のリア充。リーダー格。ボス。ナイスガイ。ナイスガール。彼は将来を計画し、それに向けて勉強したり、貯金したり、昇進したりするのだろう。かといって現在を犠牲にすることもないのだ。旅行に行き、本を読み、彼女といちゃいちゃするのだ。滅びればいいのに。可能であれば、私もこのような人間でいたかった。皆も可能であればこの人間を目指すんだ。

次のは2つ同時に説明しよう「将来を全く考えていないが、現在を楽しく生きられる人」「将来を楽しく生きられるよう計画できているが、現在を全く楽しめていない人」。要するに、「現在に生きるか」「未来に生きるか」で、これはどっちが優れてるかとかはなくて、好みの問題だと思う。

「現在に生きる人」は必ずしも不正解ではないと思う。だって、明日突然交通事故にあって死ぬかもしれないのだから。今を楽しまずして、いつ楽しむの?

「未来に生きる人」は、単純に生きるのが不器用なんだと思う。現在をどう楽しめばいいのか分からないのだ。そして私自身はおそらくこのタイプだ。「現在を楽しめよ」と言われても、どう楽しめばいいか分からない。いやでも、漫画を読めば楽しいし、旅行に誘われたらそこそこ楽しめたりするんです。でも自分から進んで「これ楽しみたいな」っていうのはない。なので「今日一日遊びに行ってこい」って言われたら、正直何すればいいか全然わからない。じゃあ、今現在不幸なのか?って言われると、そういうわけでもない。なぜなら、昔から私は将来どうにか楽に生きられるよう計画し、そして今現在が、かつて計画した将来だからだ。

私は子供の頃、そこそこ勉強頑張ったから、無事に荒れていない高校へ行き、そこそこな大学へ行き、ブラックじゃない会社に就職もできた。正直、途中途中でかなり危うかったけど、なんとか生きている。過去の自分に感謝。

正確に言えば、私が学生の頃「私はきっと将来に生きるタイプなのだ」と思っていた。塾とか行っていたけど、塾に通わずに遊びに行っている子が羨ましかったから、そう思い込まずにいられなかった。なので、今この文章を読んでいる、どちらかというとガリ勉タイプな学生の皆もきっとこのタイプだと思う。将来楽に生きるために今を犠牲にしているのだ。

そして最後が「将来を全く考えていないし、現在も全く楽しめていない人」。人生の敗者。社会的弱者。虐げられし人々。希望のないまま生き、希望のないまま死にゆく者……。

多分、この文章を読んでいる人で「あ、俺このタイプだから人生の敗者だわ」っていう人もいるでしょう。いや、でもちょっと待てよ。こんな人本当にいるの?あなた本当に生まれて今までずっとこのタイプだった?いやいや、かつては多分違ったよ。流れ流れて気がついたらニッチもサッチモいかずにこのタイプになってた、って人なんじゃなかろうか。

だって、冷静に考えればこのタイプって結構簡単にやめられるじゃん?「現状が苦しい」なら、どっか旅行とか漫画読んだりとか音楽聞いたりとか彼女といちゃいちゃしたりして「現在を楽し」めばいいし、「現在の状態がそう簡単に変えられない」なら、少なくとも「将来、もうちょっと良い環境になるように、今から少しずつ計画をたてて行動する」ができるはずだ。「将来も現在も両方楽しむ」は無理でも、少なくとも「現在を楽しむ」か「将来を楽しむ」かは出来るはずじゃん。なのに、無条件で「将来も現在も苦痛しかない」を選んで「俺は人生の敗者だ」と思ったなら、考えられる状況はひとつ。あなたは今、精神的に追い詰められている。

私も経験あるし、皆も経験ある人いると思うけども、精神的に追い詰められると「この選択肢を選択したほうが良い」っていうことが頭では分かってるのに、なぜかそれが選択できなかったりするよね。なぜなら心が死んでるから。そして、上の4種類で無条件に「将来も現在も楽しめない」を選択したあなたは、今心が死んでる。

心が死んでるとは「心に余裕がない」ってことだ。「現在を楽しんでる人」は現在を楽しむ余裕があるし、「将来を楽しく生きられるよう計画している人」は、将来を計画できる余裕があるのだ。今心が死んでる人は余裕がないのだ。おそらく、今をギリギリで生きているのだ。余裕がないと、人は死ぬ。

「死ぬ気でやってごらん。死なないから」っていうセリフがマンガかアニメであるらしいけど、現実では死ぬ気でやって死んだ人がたまにニュースでやってたりする。死ぬ気でやると、人は死ぬのだ。でも、余裕ある人は死なないのだ。だって死ぬ気でやってないもの。少なくとも死ぬ気でやるほど追い詰められていないもの。

魔王と戦って世界を救うのと、いじめっ子が待っている学校へ毎日行くのの、どちらが楽かっていうと魔王と戦って世界を救うほうがずっと楽だ。

魔王と戦って世界を救うのと、ブラック企業へ毎日行くのの、どちらが楽かっていうと魔王と戦って世界を救うほうがずっと楽だ。

世界を救った勇者に、毎日いじめっ子が待っている学校へ通わせたら、勇者は病む。世界を救った勇者に、毎日ブラック企業へ通わせたら、勇者は病む。

基本的に、人間は抵抗する手段があるストレスは対応できるけど、抵抗できないストレスは対応できないのだ。

わかりやすく言えば、魔王を倒すっていうのは「これからお前は世界一の格闘チャンピオンと殺しあってもらう。ただし、あらゆる手段を使って抵抗していい」っていうものだ。確かに可能性は低いけど、戦いようはあるじゃん?まともに戦ったら絶対勝てないけど、もしかしたら目を狙えば勝てるかもしれないし、ノドを狙えば勝てるかもしれないし、金玉を狙えば勝てるかもしれない。可能性は低くても、希望はある。だから心も死なない。

対して、いじめっ子のいる学校に通うことや、ブラック企業に通うことは「これからお前は一般人に殴られ続け、蹴られ続ける。抵抗は一切してはいけない。今からお前の両手両足を縛る」っていうことだ。もうどうしようもないよね。一般人に笑いながら顔面蹴られたり、金玉蹴られたりするのだ。そして、こちらには一切抵抗する手段がないのだ。希望はないのだ。心は死ぬよ。

たぶん、今学校でいじめられている子はもはや抵抗する意思を放棄しているのだ。心が死んでるから。たぶん、今ブラック企業に通っている人は抵抗する意思を放棄しているのだ。心が死んでるから。

なので、もし知り合いに勇者がいて「お前には世界を救う苦労は分からねぇだろうなー」とか言ったら、今ココロが死んでいる皆さんには勇者をぶっ飛ばす権利がある。多分ココロが死んでいるので勇者をぶっ飛ばす元気が既に無いだろうけど。

皆もう知っていると思うけど、人間は生まれながらに平等じゃないのだ。家族仲が良い家庭に生まれた子と家族仲が悪い家庭に生まれた子で、すでに人生がイージーモードかハードモードかが決まるのだ。お金持ちの家に生まれた子と、貧乏の家に生まれた子で、すでに人生がイージーモードがハードモードかが決まるのだ。美男子に生まれるかブスに生まれるかで、すでに人生がイージーモードかハードモードかが決まるのだ。

でも、私達は日本に生まれたおかげで、たとえどんな人生であっても、人生に抵抗する自由があるのだ。家族仲が悪い家に生まれても、自分自身が結婚するときは家庭仲のいい家庭を作っていいし、貧乏に生まれても金持ちを狙っていいし、ブスに生まれても彼女を作っていいのだ。もちろん全部難しいけど、人生に抵抗するのは自由なのだ。なので、皆希望を持って生きていけているのだ。

なのにあなたは今、抵抗する意志を失っているのだ。抵抗する自由を放棄しているのだ。希望を放棄しているのだ。

「ブラック企業に就職してしまっても、三年は働いた方がいい」という説があるけど、ブラック企業に就職してしまったと気づいたら、すぐやめるべきだと思う。就職直後はまだ抵抗する元気があるからだ。抵抗する意志を持てるからだ。「辞めます」って言う勇気を持てるからだ。でも三年間働き続けると、心が死ぬ。そして抵抗する元気がなくなり、抵抗する意志を持てなくなり、「辞めます」と言えなくなるのだ。そして心は死に、将来も現在も絶望しかなくなるのだ。

多分こういう人は「まだ一応働けるから、限界まで働いて、限界が来たらやめよう」と考えたりしているのだ。それは間違っている。限界が来る前に辞めるからこそ、ココロを回復する余裕があるのに、限界まで働いてしまうと、心が折れて、二度と働けなくなったりするのだ。

そして、仮に心が死んでいる人がこの文章を読んで「確かにその通りだ」と思ったとしても、どうせ抵抗できないのだ。だって既に心が死んでるから。だから、周りの人が気付いて助けるしか無いのだ。しかし、心が死んでいる彼の周りには往々にして助けてくれるような友人、知人が側にいないのだ。

つまり、「将来に生きておらず」「現在に生きておらず」「抵抗する意思もなく」「助けてくれる人もいない」心が死んでいるあなた。このまま順調にいくと、あなたは死にます。限界までやろうとしてると思いますが、限界までやると、往々にして二度と心が復活しない恐れがあります。死ぬ気で頑張ると人は死にます。

たとえ私がここでどんなに発破をかけても、あなたは抵抗できないでしょう。だって既に心が死んでいるから。顔に死相が出ているから。あなたは既に死んでいるから。

私も昔、上記の状況に追い詰められたことがあったので、真の意味で死ぬのを待つのではなく、世間的に今すぐ死ぬことにしました。世間から一度ドロップアウトしました。自殺未遂とかじゃなくて、強制的にその環境を拒否し、家に引きこもりました。なので、今学校で死にそうな人は、明日から学校に行かないでください。今会社で死にそうな人は、明日から会社に行かないでください。今苦しい環境にいる人は、明日から苦しい環境に行くことを拒否してください。死ぬ前に、いったん世間からドロップアウトしてください。そうすれば、復活のチャンスはあります。

今追い詰められている人は、周りに助けてくれる人がいないなら「今すぐ世間的に死ぬ」か「そのうち本当の意味で死ぬ」かの二択しか無いと思うので「今すぐ世間的に死ぬ」を選んでください。さもないと本当に死ぬから。

生まれつき「将来も現在も楽しめない」人なんていないと思う。環境があなたを「将来も現在も楽しめない」人に作ったのだ。

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