小説、エッセイ、コラム。
私は神様を信じません。ついでに閻魔大王様も信じません。従って、死後の世界もあまり信じません。
なぜなら、仮に神様がいるとしよう。神様は、その人間が果たして善人なのか悪人なのかを決めることが出きるのだけども、じゃあ、その神様自身が良い奴なのか悪い奴なのかは誰が決めるんだ。
だいたい、この世に絶対的な存在がいるということがあまり気にくわない。絶対的な存在がいるならなぜそいつは、この世にあるたくさんの不幸という不幸をそのままにしておくのか。性格が悪いのか。ケチなのか。
と思いながらの、先日の祖父のお葬式。初めて知った、閻魔様が、「亡くなった人を天国へ行かせるか地獄へ行かせるか決める方法」。それは、「この世にいるその人の死を悼む人たちが、その人が無事に天国へいけるよう善行を積む。そして、閻魔様は、その多寡で判断する」んだそうです。判断期間は確かお葬式後の一週間。
これは、冷静に今考えてみると、思ったよりもまともな方法だな、と素直に思います。イメージでは、閻魔さまの独断と偏見で決めるのだと思っていたけども、意外と民主的。これで、その人の人徳を判断するそうです。
これなら、もし時代が戦争中だったら、人をいっぱい殺しても、「勇敢な戦士だった!」と悼まれ、平和中だったら「虫も殺さぬよい人だった!」と悼まれるわけだ。なんと臨機応変な方法か。
でも、この方法だと、じゃぁ、お葬式にくるような友達があまりいない場合はどうするんだ。特に私。いや、私は自己責任だからしょうがないとして、出自が複雑な家庭で、親が離婚と結婚を繰り返し、転校が多く、名字もころころとかわり、そのせいで友達も少ないとかいう、不幸な子はどうするんだ。それでも、自分の力でなんとか友達を作り、自分の死を悲しむような人を頑張って作れというのか?
だとしたら、人の人生って最初からハンデがついてないか?ハンデがない子の方が簡単に天国へ行け、ハンデが上がるほど、その子は天国へ行きにくくなるのか?
そもそも、親の性格が遺伝子で子供へ伝わるわけだから、親の性格がおもいっきり根暗だったらどうするんだ。子供は高確率で根暗になっちゃうじゃないか。
あー。やっぱり神様の存在は信じないでおこう。
この家に引っ越してきて、数年ぶりくらいにトイレ掃除をした。なぜなら、トイレがつまったから。なんで私がこんなことをしないといけないんだ、とブツブツ言いながら磨いた。で、磨き終わって、くさーいトイレをでると、そこは、くさーい私の部屋である。部屋の中はゴミ、ゴミ、ゴミの山。まぁ、なれない一人暮らしって、こういうものじゃない?一人暮らしして、早数年立つけど(ワラ。
で、さすがにものぐさな私でも、トイレ掃除後くらいは手を洗いたいなと思い、洗面所にいって石鹸をこすったら、石鹸の精が出てきた。
「ありがとう。君がこすってくれたから、数年ぶりに外の世界に出てこれたよ」
私は、ショックだった。数年ぶりに出てこれたということは、私は数年間石鹸を使って手を洗っていなかったことになる。──まぁ、細かい事はいいや。
「ごらんのとおり、僕は石鹸の精だ。どんなモノも、ひとつだけ綺麗にしてあげよう」
「え?ひとつだけ『綺麗に』?」
「そうだよ。綺麗にしてあげるんだ。何しろ、石鹸の精だからね」
「願いごとを叶えてくれるんじゃないの?」
「ちがう。それはランプの精だ。僕は、清潔一番の石鹸の精だからね」
「えー?綺麗に、って、トイレ磨きとかクツ磨きとかだけでしょ?しかも、ひとつだけって、なんかケチくさいなー」
「ケチとは失礼だな、ケチとは。いいだろう。百個でも二百個でも言ってみなさい。全てのモノを綺麗にしてあげよう」
「っつーか、トイレ掃除する前に言ってほしかったな。ま、いいや。私の部屋全部綺麗にして。あ、あと、このアパートの外壁も磨いてよ。いや、待てよ?なんでも磨いてくれるんなら、この世の全てのモノを綺麗にしてよ」
「この世の全てのモノを──か・・・・・・」
「まさか、できないの?」
「出来るに決まってるだろうが!たわけもの!」
そう言うと、石鹸の精はなにやらブツブツと呪文を唱えた。
そのとき、私はふと不安な気持ちになった。昔話に良くあるじゃない?強欲なおじいさんやおばあさんが欲にまみれて願いごとをしたり、宝を見つけようとしたり、で、結局ひどい目にあうの。
もしかして、『この世の全てを綺麗にして』っていう願いごとは、『この世に存在する強欲や戦争など、「汚い」心を持った人間という存在を全て消して』という願いと同義なのではないか。
「ちょっと、待──」
「はい!終わりー!!綺麗になったなった」
「はい!?」
私は自分の部屋を見た。ゴミがたまったままだ。
「ありのままの姿であること。それこそが本当の美だと、僕は思うな」
詐欺だ!!