文学ファイター

今日も何も考えずに適当に文章を書いたぞ。

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なぜ日本人は神様を信じていないのに犯罪を犯さないのか

ごめんなさい。てっきり2月にサイトを更新したつもりでいました。今月は2記事書きます。

なぜ日本人は神様を信じていないのに犯罪を犯さないのか。

なお、今回の話は私の思い込みのみで話します。

日本人は正確には神様を信じていないというよりも、神様がいてもいなくてもどっちでもいいと思っていると思う。

例えば、仮に神様がいると仮定すると、とりあえず道徳的に生きていさえすれば、死後、きっと神様は天国へ連れて行ってくれるだろう。

仮に神様がいないとしても、道徳的に生きた方が、周りの皆と仲良くなれるし。そもそも犯罪を犯す方がリスクが高いし。

つまり、これは問の立て方が間違っているのだと思う。立てるべき問いは

「なぜ海外の人は神様を信じているのに犯罪を犯すのか」。

日本人の私たちは宗教が身近なものではないので、宗教を学んだことがない。だから、なんとなくのぼんやりなイメージで「道徳的に生きていれば天国に行ける」というイメージを持っている。

でも、宗教について何も学んでいない私たちがぼんやりと「道徳的に生きていれば天国に行ける」と想定するという事は、これは原始宗教的な考え方だ。

では、最新の宗教の考え方はどうなのか。皆さんもう高校の世界史で学んだことを忘れてると思うけど、キリスト教には「予定説」というのがある。これは「道徳的に生きたとか関係なく、天国に行く人はあらかじめ決められている」とする説だ。逆に言えば「天国に行く」とあらかじめ決められている人は悪いことをしてもいいのだ。

皆、イスラム教を厳格に道徳的な宗教と誤解しているかもしれないけど、イスラム教がなぜあんなに信者を獲得できたかというと、実はイスラム教はユルユルの宗教だからだ。これも道徳的に生きるとか生きないとか関係なく、自分が天国へ行くかどうかは神様に委ねられているのだ。

仏教にも悪人正機という言葉がある。仏様は悪人さえも救ってくださるという教えだ。

私たち日本人は、原始宗教的な考え方しか持っていないので「道徳的な人が天国へ行く」と思っているが、それでは信者は増えないのだ。なぜなら、道徳的に生きるというのは、それなりに大変だからだ。キリスト教、イスラム教、仏教がなぜあんなに信者を増やせたかというと「悪人でも救われるよ」という教えだからだ。道徳的でなくてよいのだ。最新の宗教は悪人も救われるのだ。

私たち日本人にとっては天国や地獄の存在は、実在するかどうかはかなり微妙なところだけど、キリスト教、イスラム教、仏教を信じてる人は、天国も地獄も本気で信じてる。

つまり、宗教を信じている人にとって、この現世は一時的なものであって、死んで天国に行ってからが人生の本番(?)だ。だから、別にこの現世では犯罪を犯してもいいのだ。犯罪を犯しても、宗教を信じてる限り私は天国へ行けるし、所詮現世のこの人生は一時的なものだから。

だから人間は宗教を信じると犯罪を犯すのだ。

という思い込みのみで話したけど、実際のところは私も知らない。

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