文学ファイター

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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2019年1月13日時点の人生計画

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今日は私の現時点での人生計画について書こうかと思う。それに付随して色々書くけど。

私の人生観について。私の人生観は、以前我が人生観で書いたことがある。ちなみにこの人生観は、何かを参考にしたのではなく、私が人生をドロップアウトしていた頃に、私が辿り着いた人生観です。私がオリジナルです。アイアム起源。アイアムゴッド。今回は、この人生観と同じ内容を、別の言い回しで表現してみようと思います。ちなみに、言ってることは同じです。

例えば、人は誰でも最後に死にます。つまり、いくら大きい家を建てても、いくら大きい会社を作っても、いくらお金を稼いでも、基本的に全部無駄です。だって人間はいつか死ぬから。死後の世界に何も持っていけないから。この考え方から「人生って基本的に無意味だな」という結論にいたり、「人生は死ぬまでの暇つぶし」という人生観を持っている人が多くいます。

でも、私は違う。私は、天国に持っていけるものがひとつだけあるんじゃないかと考えました。それは「思い出」です。「生きている間に、あんなことしたよ、こんなことがあったよ」っていう思い出は、天国へ行ったあとに、天国でできた友達と共有できるのではないかと思いました。つまり、私は人生の意味を考えた結果「人間は思い出を作るためにこの世に生まれた」という結論に至りました。

私は海外に行ったことがないので、詳しくは知らないのですが、海外旅行に行く際は、海外につくと入国審査官という人が、その国に来た人に「この国に来た目的」を尋ねるそうです。そして私達は「旅行だよ」「仕事だよ」って答えることで、はれてその国に入国できるのです。

であるならば。私達もこの世界に生まれる前に、「世界誕生審査官」の美人のお姉さんに「この世界に生まれる目的は?」って聞かれたと思うんですよ。で、私達はきっと答えたはずです。「思い出を作りに」。お姉さんは「楽しい思い出をたくさん作ってきてね!いってらっしゃーい!」と笑顔で私達を見送ってくれたと思うんですよ。分かります?私達はこの世界に楽しい思い出を作りに来たんです。つまり、「遊びに来た」んです。私達はこの世界で遊ぶために生まれたんです。

そして、この世界に遊びに来た私達は、4歳くらいから幼稚園や保育園に通いだし、その後義務教育でずっと勉強し続けて、その後死ぬまでずっと働き続けて、定年退職後に、もう遊ぶ体力も無い中で、ちょっとだけ遊んですぐ死ぬんです。ギャグかな?

例えば生物学的に考えると、人間には三大欲求があります。「睡眠欲」「食欲」「性欲」。そして、人生の意味は「思い出を作ること」。つまり、私の理解では、この世界の神様的には「寝て、食って、エロいことして、あとは適当に楽しい思い出作って死ねばいい」としか言っていません。つまり極論を言えば、「盗んではいけない」と言ってないし、「強姦をしてはいけない」と言ってないし、「殺してはいけない」とも言っていません。本当に神様が人間に対してこれらを禁止しているなら、本能に「盗みたくない欲」とか「強姦したくない欲」とか「殺したくない欲」とかを組み込んでるはずです。でも、組み込まれてない。じゃあ、神様的には盗みも強姦も殺しもオッケーじゃん。

ではなぜ私が盗みも強姦も殺しもしないのか。なぜなら私には「人生において楽しい思い出を作る権利」があるのと同様に、私以外の皆さんにも「人生において楽しい思い出を作る権利」があるからです。自分の権利を主張するなら、他人の権利も犯してはならない。可能な限り、誰にも不快な思いをさせてはいけない。だって皆、この世界に遊びに来たんだもの。

私が会社をやめた理由に関して、浅い説明をするなら「働きたくなかったから」だけど、より正確な理由を話すと「このまま働いても家と会社の往復だけで人生の思い出が増えそうになかったから」だ。過去記事で「私のようなダメ人間は多分一年でクビになると思ってたけど、人生の思い出に一度くらい就職してみようと思った」って書いたことがあるけど、これは何かを綺麗に表現した文章とかではなくて、この文字通りの意味。私の理解では「人間は思い出を作るために生まれた」んだから「せっかく生まれたし、多分クビになるけど、いっちょ思い出に働いてみるか」っていうノリで就職しました。

だから、もし会社で楽しい思い出を作れそうだったら私は会社を辞めなかったかもしれない。例えば「会社の同僚と結婚する」とか「会社でバリバリと昇進する」とかがあったら、私は会社を辞めなかったかもしれない。

ただ、残念ながら一向に結婚チャンスは無く、昇進する思い出を作りたいとも特に思わなかったし、そもそも昇進する能力もなかったので辞めたけど。

お金をきちんと貯めて会社を辞めたのは親にも迷惑をかけたくなかったからだ。親にも当然「人生において楽しい思い出を作る権利」があると考えているし、私は親の「人生において楽しい思い出を作る権利」を侵害するつもりは無い。

株式投資について。

株式投資を行っている理由は人によって様々だろうけど、私が株式投資を始めたそもそもの理由は「このまま会社で働いていても人生の思い出を作れそうにないな。家と会社を往復するだけの人生を送って、多分その後孤独死とかしそう。だから会社を辞めたいけど、無計画に会社をやめても他人に迷惑がかかるし。働かなくても良い状態にし、かつ他人に迷惑をかけない状態にするためにはお金持ちになるしかないな」って思ったからだ。

だから私にとって株式投資は「手段」ではあるけど「目的」では無いのだ。私の目的は「人生において楽しい思い出を作ること」であって、「株式投資でお金持ちになること」ではない。

現在は小金持ちくらいになれて無事に無職になれているので、とりあえず当初の目的はクリアしたのだ。まだ「死ぬまで働かずに済むほどのお金」は全然無くて、「ひとまずこの先数年は働かなくても大丈夫そう」くらいのお金しかないけど。

というわけで株に関しては「今年は難しい」っていう話があちこちで聞かれているし、今の私には「難しい状況でも株式投資をして利益を得なければならない理由」が無いので、今年は株は休もうかと思う。だって、ひとまず当初目的の「働かなくても良い状態」は達成しているからだ。

もちろん、予測に反して「今年、めちゃくちゃ好景気で株が上がったね!」っていうことになるかもしれないけど、世界一の投資家バフェットさんが「株に見逃し三振は無い」って言う通り、今年を取り逃がしても来年も再来年も市場は開かれているので、少なくとも株式投資が難しそうではない時期だけ株をやろうかと思う。なにより先ほどから言っているけど私の目的は「人生において楽しい思い出を作ること」であって「投資機会を的確にとらえて大きなリターンをかかんに狙う事」ではないので。

人生におけるリスクの取り方に関して。

私は現在はダメ人間だけど、昔はどちらかというとマジメ人間だった。というわけで元マジメ人間としては頭が良い人に憧れがあるので、twitterでも頭の良さそうな人が何か言ってたらちょいちょいチェックしたりする。

そしてその頭が良い人が大体みんな言っているのは「人生において不要なリスクは取るべきではない。安全で堅実な人生が正解だ」という話だ。確かに元マジメ人間としてはこの主張はとても良く分かる。「不要なリスクは取るべきではない」という主張は客観的に見ても正しい。

でも、今回はこれに反論してみようかと思う。

「人生の正解の生き方」っていうのは万人にとっての「これが正解の人生だよ」っていうのは無い。だから「安全で堅実な人生」っていうのは確かに数ある「正解の生き方」の一つではあるけども、唯一の正解と言うわけではない。

私が考える「人生の正解の生き方」っていうのは「死ぬときに後悔しない人生」だ(参考:人生の目的・生きる意味)。

そして、人が死ぬ時に後悔することランキングが以下だ(引用元:「「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室 (中経出版)」)。

  1. 人の期待に応える人生ではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった
  2. あんなに働かなければよかった
  3. 勇気をだして自分の気持ちを伝えればよかった
  4. 友達とつきあい続ければよかった
  5. 自分が幸せになるのを許せばよかった

上記を見ていただけると分かるけど、例えば人が死ぬときに後悔することで「もっと働けば良かった」っていうのは無いけど「あんなに働かなければよかった」っていうのはある。でも世の中的には「安全で堅実な人生」のためには働けるうちはずっと働かないといけない。

そして何より死ぬときに後悔すること第一位の「人の期待に応える人生ではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった」。なぜ皆「自分に正直に生きる」ことが出来ないかと言うと、基本的に「自分に正直に生きる」ためには結構なリスクを取る必要があるからだと思う。例えば「安全で堅実な人生」を捨てる必要があることだって当然あるだろう。

人生の目的・生きる意味でも書いたけど、私的には人生の最低合格点は死ぬときに「人生に悔いなし」と思うことで、人生の最高合格点は死ぬときに「あー面白かった」と思って死ぬことだと思う。

だから例え「リスクをとらない安全で堅実な人生を送ることが出来た」としても、死ぬときに人生を後悔するようなことがあれば、やはりそれは個人的には失敗な人生だと思うし、死ぬときに「人生を後悔する」ことを回避するためにリスクを取る必要があるなら、リスクは取るべきだと思う。

思い出を作るために会社を辞めてから。

というわけで先ほどから何度も言ってるけど私の人生の目的は「生きてるうちに楽しい思い出を作りたいな」だ。だから、会社を辞める前は「会社を辞めたら美術館とか映画館とか旅行とか行こう」と思ってたけど、実際に辞めてみて分かったことがある。私が超インドア派で、基本的には外に出るより家の中でゴロゴロしたいという事だ。一向に思い出が増えないじゃないか。ぐぬぬ。もちろん、私自身を無理やり外出させて映画館や美術館や旅行に行くこともできるけど「思い出を作らないといけないからという強迫観念に駆られて」嫌々外出するのもなんか違う気がする。

私が書いた昔の過去記事(人生が難しい)でも、「多分お金持ちになって会社をやめても、私インドア派だから引きこもるだろうな」的なことを書いてるんだよね。私は的確に私のことが分かってる。

というわけで考えた結果起業することにした。というか、もう起業ネタも決めて、去年の年末くらいからずっと起業の準備してる。親に「無職なのにずっと働いてるね」って言われるくらいに働いてる。

世の中には起業家というのはたくさんいて、そして起業する理由は人によって異なるだろう。例えば「起業と言う難題に挑戦したかった」とか「社会に存在する問題を解決したかった」とか「なんか流されて起業してしまった」とか。

私が起業する理由は「無職じゃなくなって世間体を手に入れられる」とか「社会とつながれる」とか「株以外にお金を得る手段を手に出来る」とか色々あるけど、一番の理由は「人生の思い出として起業でもしてみるか」というものだ。つまり「冥途のみやげに起業する」のだ。

もう最近は無職としての有り余る時間のすべてを使って起業の準備ばかりしてる。

私は能力も低く、常識もなく、空気も読めないことに関して。

私は能力が低くて、常識もないし、空気も読めない。

私は元プログラマーなんだけど、働いてるときの私に対しての評価は恐らく「優秀ではないけど、一応自分なりに考えてプログラムを組む能力はある」というものだったと思う。そして、その評価は確かに間違ってないけど、通常運転でその仕事をこなしていたんじゃなくて私は担当する案件のすべてに対して100%フルパワーで仕事をこなしていたし、100%フルパワーを出して仕事をしたとしても、その案件が無事に成功する自信が無かった。

世の中には「そもそもアーリーリタイアが魅力だと思わない」っていう人がいるけど、その人はきっと優秀で、そもそも仕事が辛くないんだと思う。たぶん70%とか80%くらいの力で仕事をこなしているのだ。

いや私もあなたみたいに能力高かったら仕事も適当にこなしてたけど、能力ないから。毎日必死だから。毎日フルパワーだから。しかも毎日フルパワーでもちゃんと仕事が成功するか否か常に不安だから。そりゃ会社辞めたいと思うよ!

常識が無いことに関しては、例えば働いてるときに飲み会で、自分のお皿に食べ物をつぐために、一時的にお箸をコップの上に置いた時があるんだけど「なんでそんなことするんだ」という滅茶苦茶マナー違反やんけ的な勢いで先輩に注意された。そういう知識が無かったのでビビった。そうなの?コップの上にお箸を退避させるのはマナー違反なの?それは広く一般に共通認識としてそうの?それとも、この先輩がただマナーに少しうるさかっただけ?私には分からない。

例えば少し前に姉に子供が生まれて、その子が一歳の時に私の両親が私に相談せずに私名義も含めて誕生日プレゼントをプレゼントしたんだけど、「相談してくれたらよかったのに。せっかくだから私がプレゼント選んでプレゼントしたかったな」と思って、その子がもうすぐ二歳になるので「二歳の誕生日は私が誕生日プレゼントを選んでプレゼントしようかな」と思って親に相談したら「一歳だから誕生日プレゼントを渡したのであって、あとは幼稚園入園とか小学校入学とかそういうキリがいい時にプレゼントするつもり」と言われた。そうなの?それは広く一般に共通認識としてそうなの?それともたまたま私の親がそういう考え方なだけ?私には分からない。

そして空気が読めないことに関しては、空気が読めない皆さんなら同意してくれると思うけど、そもそも「空気が読めない」というだけで人生の難易度が跳ね上がらない?もうマジ人生がベリーハードモードなんですけどー?ぶーぶー!

「能力も低く、常識も無く、空気も読めない」私がなぜまだ人生が詰んでいないかと言うと、私は基本的に未来を先読みして行動してるからだ。未来が今よりもマシな状況になるように計算して、現在を頑張ってるからだ。まあ、その割には結構ギリギリで生きてるけど。人生がバッドエンドになる可能性も十分あるし。実際に人生がほぼ詰みの状態になったことも一回あるし。

未来を先読みしてるという事は、つまり「将来この状態になっていたいな」というひとつの目標を決めることだ。そして、ひとつの目標を決めるという事は、それを達成するための手段の優先順位を上げて、それ以外のすべての優先順位を下げることだ。

私が会社を辞められるほど株でそこそこ成功したのも、株式投資に関することの優先順位を上げて、それ以外のすべての優先順位を下げたからだ。

たぶん普通の人はあまり自分の未来を先読みしないのだと思う。先読みしないから目標も決めないのだと思う。目標を決めないという事は、あなたは一体自分が何を頑張るべきで、また何を頑張らなくてよいのかの区別がついていないのだと思う。だから、何でもかんでも全てに頑張って精神を疲弊させたり、逆に頑張るべきこともさぼってしまって人生が上手くいかなかったりするのだろう。

そんな私が起業に関して未来を先読みすると、私が実際に起業できるのは早くても今年の年末。遅いと来年の四月くらいまでかかると思う。ちなみにこれは「無職が片手間に起業の準備をするのにかかる時間を考慮して」ではなくて、「無職がその有り余る全ての時間を起業の準備に費やしてかかる時間を考慮して」だ。いや、起業をまともにしようとするとそれくらい時間かかるよ。

起業ネタをすでに決めていて、そしてそのための準備も既に全力で取り組んでるけど、それでもそれくらい時間かかるからね。たぶん皆さんの中には「起業してみたいけど、働いてるから起業する時間が無いな」と思ってる人もいるかと思うけど、その考えは全く正しい。たぶん、普通は起業する時間なんてないと思う。無職でも一年かかるし。一体世の中の起業家はどうやって起業してるんだろう?それとも、私が誰も雇わず、お金もかけず、誰にも仕事を依頼せず、一人で起業しようとしてるからだろうか?でも、普通最初は一人で起業しないか?

起業に際して、将来的にうまくいけば法人化したいけど、最初は個人事業主で起業しようかと思う。法人化すると法人税がかかるっていうし。会社の住所に関してはバーチャルオフィスを借りようかと考えてるけど、個人事業主の名前……つまり、私の本名に関してはどう考えてもバレる。私の本名とこのサイトがリンクする。ヤバい。

そもそもこのガルニモは私が大学生の時に趣味で始めたんだよね。まさか将来起業することまで先読みできないし。ぐぬぬ。というわけで文学ファイターの過去記事を消してみたり再掲してみたりしているのだ。今後も消してみたり再掲してみたりすると思う。そこそこの量の記事を再掲したけど、本当はもっと下ネタの話もあったし、もっとマジメで暗い話もあった。どの記事を載せてよくて載せちゃダメなのか判断が難しい。

そして何より思うのが「私、そもそもこんな人じゃないんだけどな」ということだ。確かに過去記事のすべては私の現在の考えと相違ないけど、別に常日頃こんな小難しいこと考えてるわけじゃなく、大体「眠い」「お腹すいた」「ドラマ面白い」くらいしか基本的に考えてなくて、「これについてどう思う?」って聞かれてからようやく今まで過去記事で書いたようなことを意識するのだと思う。そもそも過去記事は落ち着いて考えてから書いたものなので、突然実際にあった人に私の過去記事について質問されても、むしろテンパって変なこととか言いそう。実際の私はとても大人しい普通の人です。あなたの知り合いの中の最もおとなしい人並みに大人しいです。本当です。信じて。

人間が実際に行動を起こす動機について。

私は株式投資でお金を稼いで会社を辞めて、そしてこれから起業しようと目論んでいるけど、この私の行動力は「これを達成して幸福を手に入れたい」というよりは「このままの状態だと不幸になるので不幸を回避したい」ということから発している。

例えば会社を辞めるために株式投資を本気で始めたのは「このままだと家と会社を往復するだけの人生を送り、その後孤独死する。なにそれ恐い」と思って、その不幸を回避するために行動を起こしたのだ。そして、今これから起業しようとしているのも「このまま何もしないでいると、社会との接点が切れるし、親は当然私より先に死ぬので、その後私は孤独死する。なにそれ恐い」という思いからだ。

だから、人を突き動かすものと言うのは「こうなりたい」という理由よりも「こうなりたくない」という理由の方が強いのではないだろうか。その人が何に対して「幸福」だと思うかよりも、その人が何に対して「不幸」だと思うかの方が、その人の実際の行動を動機づけるのではないだろうか。知らんけど。

アーリーリタイアについて。

多分、働いている人は皆「アーリーリタイアこそ万人に対しての正解の生き方」と思ってるかもしれないけど、実際にアーリーリタイアしてみた私は「アーリーリタイアは万人に対しての正解の生き方と言うわけでもないな」と思ってる。

生き方には例えば「経営者」「会社員」「自営業」「フリーター」「アーリーリタイア」とか色々あるけど、正直人によってどれが一番自分に合うかが異なると思う。ある人にとっては「アーリーリタイア」が一番しっくりくる生き方かもしれないけど、別のある人にとっては「会社員」が一番しっくりくる生き方かもしれない。そして、どの生き方もそれに優劣なんかないと思う。たまに「会社員」に対してネットで「社畜」と揶揄する言葉が書かれてたりするけど「いや、会社員人生けっこう楽しいんだけどな」と思っているなら、それはきっとあなたにとっては会社員が正解の生き方なのであって、そしてその選択は誰かに劣っているという事もないし、誰かより優れているという事もない。

でも、正直自分がどの生き方が一番しっくりくるかなんて実際に経験してみないと分からないよね。だから皆ぶっつけ本番で試してみるしかない。人生の体験版とかあればいいのに。

たまにアーリーリタイアした人がまた働きだすのを見て「もったいない」とか言い出す人がいるけど、実際にアーリーリタイアしてみると分かる。基本的に暇だ。遊んでもいいけど、寿命まであと50年くらい?50年間ずっと遊び続けるの?飽きるよ。

働くのが辛かった私が起業して働くことに関して。

プログラマーとして働いてた頃は、自分の能力を超えた仕事を振られたりして四苦八苦してたけど、私自身が起業するに際しては、必然的に私の現在の能力で実現可能なネタでしか起業できない。

で、実際に私の現在の能力で実現可能なネタで起業するつもりなんだけど、正直楽しい。自分の能力の範囲で起業するので、今何の作業をすべきか、これからどう作業を進めるべきかが明確に見えていて、明確に見えているからこそ仕事に対して恐怖が無い。しかも自分の趣向にあった起業をするので、仕事自体がそこそこ楽しい。まさか自分から進んで自分の意志で仕事をするのがこんなに楽しいとは。

私の先読みでは今年の年末くらいにようやく開業届を出せそう。そして、それくらいのタイミングで株式投資を本格的に再開しようかと思う。起業するにはお金がいるし。もちろん今あるお金をそのまま使ってもいいけど、心理的には稼いでから使いたい。だから年末には株式市況が落ち着いていてほしい。ちなみに正確には株式投資を完全に辞めているわけでは無くて、確かにほとんどを現金化してるけど今も一部の資金を投資に使っていて、今年の投資成績は現時点で年初来+1%です。これは将来的に私が投資で1番の成績を取るという暗示かな?

家族との距離感に関して。

今、私は実家で暮らしてる。元々は会社を辞めた後も株で資産を増やしてから、十分貯まったら一人暮らししようかと思ってたけど、残念ながら去年株式投資が難しくて資産が増えなかった。というわけで結局今も実家暮らしである。

親は無職の私を見捨てるわけでもなく、かといって心配しすぎて過干渉になることもなく、良い意味で適度に放っておいてくれているので助かる。たまに日用品の購入費を私が出したりしているけど、いつかこの恩は返さないといけないと思ってる。父親が退職したタイミングで海外旅行とかプレゼントしようかな。

というわけで私はもはや何も思い煩うことなく全力で起業の準備してる。一年かかるけど。なんせ起業しないと人生のバッドエンドが確定してしまうし。なにそれ恐い。

もちろん起業は失敗する可能性もあるけど、昔の格闘家が「負けると思って試合に出向く格闘家がいるかよ?」的な言葉を言っていたので、私も成功する前提で起業に全力を出そうと思う。

起業に関する本もいくつか読んだけど基本的には人を雇わない方が良くて、もし一人だけで事業を運営できるなら一人だけで事業を運営した方が良いそうだ。

でも私の目的は「楽しい思い出を作る事」であって「起業に成功すること」では無いんだよね。だから、起業してある程度軌道に乗ったらバイトを雇ってみたいと思ってる。人を雇ってみた方が人生の思い出が増えそうだし。

私のサイトを昔から見てる人は私のことを「好き勝手に生きてるな」と思ってるかもしれないけど、実際は私はいつも必死に生きてる。だって現在の状態を維持するとバッドエンドが確定してしまうから。たぶん世の中のほとんどの人は別に現在の状態を維持しても特にバッドエンドにはならないんだと思う。なのに何で私にだけこんなバッドエンド確定ルートが次々と用意されてるの?なんなの?バカなの?私は神様に嫌われてるの?絶対死んであの世で神様にあったら文句言ってやる。「ばーかばーか」くらい言ってやる。

そもそも私本当は元マジメ人間としては普通の人生を送りたかったんだよね。普通の人生を送る能力がなかったから、仕方がなく私の人生をかき回しながら生きてるけど。かき回しながら生きてる結果、今こんな状態になってるけど。そして、こんな状態になっている割には、結局バッドエンドを回避できてないけど。助けて。

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