文学ファイター

今さら評価経済の話をする時代遅れの人間。それが私。

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評価経済の時代は来ない

「貨幣経済」に代わって「評価経済」の時代が来る、という話を時々聞く。「その人物が信頼できるか否か」という価値が「お金」という価値にとって代わるという話だ。

でも「評価経済」の時代なんて絶対に来ない。なぜなら人は他人を正当に評価する能力が無いからだ。

例えばあなたが何かの分野の専門家なら、その専門分野で明らかに間違ったことを言っているのに「知識が無い人たちの一定の支持を得ている人」がいるだろう。例えばがん治療に関する民間療法者のように。例えば水素水などの似非科学者などのように。例えば株式投資の銘柄の煽り屋のように。

「評価経済なので、悪いことをする人はすぐに悪い評判が広まり、その人は失脚する」と言われてるが、そんなことはない。がん治療に関する民間療法者も、水素水などの似非科学者も、株式投資の銘柄の煽り屋も、ずっと昔からいるし、今も知識のない人たちの一定の支持を得ている。知識がある人が「その人は問題のある人だよ」といくら指摘しても、その人を信じている人はそんな指摘を信じない。つまり、人は他人を正当に評価できない。

「評価経済の時代が来る」と主張する頭の良い人たちは、実際に自身が有能で、実際に自身が正当に評価されているので、評価経済という幻想を抱くのだと思う。でも彼らは、実際には評価されるべきでない人たちも評価されてしまっているという事実が目に入っていない。

知識のない人たちは、その専門家を「実際に正しいことを言っているか否か」で判断するのではなく、「たくさんの人に支持されているか否か」で判断する。なぜなら知識が無い人たちは文字通り「知識が無い」ので、「実際に正しいことを言っているか否か」を判断できないからだ。そして、ヒトタビその人の信奉者になってしまうと、後に「その人は問題ある人だよ」という指摘があっても、その指摘こそが誤りだと思うだろう。

こんなことを書いている私自身でさえ、知識が無いことに関しては、まずたくさんの人に支持されている人の言葉を聞くと思う。だって私も知識が無いもの。

私たちは、知識が無い分野に関しては「その人が実際に優秀か否か」ではなく「その人が周りに支持されているか否か」でしか判断できない。そして、例えば世の中には医療に知識がある人よりも医療に知識が無い人の方が常に多いように、科学に知識がある人よりも科学に知識が無い人の方が常に多いように、投資に知識がある人よりも投資に知識が無い人の方が常に多いように、ある専門分野に関して知識がある人よりも知識が無い人の方が常に多い。

だから、世の中には正当に評価されるべきでない人が評価されてしまうというバグが常に発生し、そしてそれは何度指摘されても絶対に是正されない。

もし評価経済の時代が来たら、もっとも評価されるのは、その分野に関してもっとも知識がある人間ではなく、その分野に関して無知な大衆をもっともダマした人間だと思う。

私たちは他人を正当に評価する能力が無い。だから、評価経済の時代は絶対に来ない。

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