小説シンガー

恩を仇で返す人に対抗して、仇を恩で返す組合を結成します。

鶴の恩返し

インド人はカレーを食べると火を吹く。日本人は責任を感じると腹を切る。鶴は助けられると恩返しをする。これらは、それぞれの文化に起因するんですよ、と言って、彼はこう続けた。
「というわけで、恩返しにきました。鶴です」

私は叫んだ。嘘だ!だって、鶴は恩返しにくるとき、美女の姿でやってくると聞いたぞ!なんで、そんな営業のサラリーマン風なんだ!

「現代の日本社会において、もっとも怪しまれない格好。それは、ビジネスマンです」
俺は嘆いた。お前には夢がない。独身男性が何か良い事をした場合、恩返しをしにくるのは美女だと相場は決まってるんだぞ?
「鶴が恩返しにきている時点で充分夢があるじゃないですか」

「がっかりだ。君には失望させられた。君はやればできる鶴だと思っていたんだが」
「失礼な。こう見えても、私はやり手のビジネスマン。あなたが望む願いを、どんな願い出も一つだけかなえて見せようぞ」
「本当だな?」
「本当ですとも」
俺は、ない頭をひねって考えた。俺が今欲しいもの。お金?彼女?平和?夢?愛?希望?それとも……Wii?

「ぶぶー。時間切れです」
「えっ!?ちょ、時間切れとかありかよ!?」

「ありです。満員電車での突然の腹痛。親友の好きな人が自分の好きな人とかぶる。ウンコをふむ。これらは、抗えきれない現実という悪夢のほんの一例です」
「じゃ、じゃあ、俺への恩返しは?」

「強制的に、『鶴さんお薦めの、おいしいカレーの作り方を教えてください』になります」
「なんでカレーなんだ!!」
「好きなんですよ、カレー。材料はこの家に来る前にスーパーで買ってきました。牛肉が安くて助かりましたよ」
「なんで俺が願いごとを決める前にカレーの材料をすでに買ってきてるんだよ!?」
「あぁ。願いごとがなんであれ、最終的には、あなたの願いごとを『カレーの作り方を教えて』の流れにしようと思っていたので。ちょっと台所借りますよ。あっ。せっかくですから、ちゃんと作り方を覚えてくださいね」

俺は、現実の厳しさに泣いた。こんなの詐欺じゃないか!!俺は泣きながら、鶴さんにカレーの作り方を教えてもらった。カレーは死ぬほどうまかった。レシピをもらった俺は、友達を呼んで皆にカレーを作ってやった。みんな、ものすごく喜んだ。彼女もできた。カレーの店を開いた。大好評で、大金が手に入った。彼女と愛を育み結婚して、平穏な家庭を持った。店を全国展開するという夢を持つようになった。俺の人生は希望で溢れていた。Wiiも買った。

ありがとう、鶴。俺は鶴へ感謝の気持ちを伝えるために、初めて鶴と出会った場所へ出かけた。途中、電車の中で急激な腹痛に見まわれて、あやうく漏らしそうになった。ふふふ、抗えきれない現実だな、とちょっと思った。山にいくと、鶴がテレビで「笑っていいとも」を見ていた。

「よう、鶴、元気か?」
「おやおや。あなたは以前、私を助けてくれた人間ではないですか。その後、どうやら羽振りが言いようですね」
「知ってたのか。」
「えぇ。あなたの奥さんのユキちゃんからたびたび手紙をもらって、近況を報告してもらっていました。奥さん、美人ですね」
「え?なんで俺の妻がお前の事を知ってるんだ?」
「私も店を持つことにしました。ユキちゃんに勧められましてね。『あなたのほうが、もっといいカレー屋を作れると思う』って。私は、あなたに教えたカレー以外にもいろいろなレシピが豊富にあるのでね。あなたが作るウンコ味のカレーとはひと味もふた味も違う、本物のカレーというのを味わわせてやりますよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「あっ、もちろん、あなたのカレー店も食ってかかるんでよろしく」
「バカな!!」
「ところで──さっきからウンコ踏んでますよ」

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