小説シンガー

不況が続き、就職活動も厳しいと思いますが頑張ってください。

就職がしたいです

「では、志望動機と簡単な自己紹介をお願いします」

目の前の男の言葉が、心地よいプレッシャーとして僕にのしかかる。

「はい。田所ユウキ。23歳。桜大学文学部を卒業しました。小さいころから読書が趣味で感受性が高く、市の作文コンクールなどで何度か賞を頂いた経験があります。また、祖母の薦めで最近は短歌や俳句にも興味を持ちまして、祖母とメールで短歌などの送りあいなどをしています。性格は、あまり人を巻き込んで『何かをやろう!』と人を引っ張るような性格では無いのですが、根が真面目なので、そこを買われて回数は少ないですが、何度かリーダーのような経験もさせていただきました。大学在学中に就職活動を続けておりましたが、残念ながら世界的な不況のあおりを受け、就職することが出来ませんでした。その後、フリーターをしながら就職活動を続けていました。幾らかお金を家に入れていたりもしたのですが、もともと深く考え込んでしまう性格で、感受性も高いことも災いし、『このまま家族に迷惑をかけつづける事は出来ない』と思い、自殺を決意しました」

「ふむ」と男がうなずく。
「で、自分に天国へ行く資格がある、と思う理由は?」

「はい。私の死は『これ以上家族に迷惑をかける事は出来ない』という善意に基づくものです。また、生前他人にひどい迷惑を与えた、または罪を犯した、ということがありません。これらを踏まえて、私には天国へ行く資格がある、と思っております」

僕も知らなかった。天国へ行くのに自身をPRしないといけない面接があるなんて。もし天国から断られたら、特に理由が無い限り生まれ変わって再び生を受けないといけないらしい。でも、もう人生なんてものには飽き飽きだ。なんとしても天国に行ってやる。その為には生前の就職活動の経験をフルに生かすしかない。

「しかし──、『自殺』という手段を用いたのは頂けないな。世界には、生きたいと思うのに生きられなかった人たちもいるんだ。それに、自殺はご家族を悲しませる結果にもなるだろう。真にご家族のことを考えたなら、もっと生きて頑張ろうと思うべきだったのではないかな。つまり、君の自殺はご家族にかこつけた身勝手な選択結果だったのではないかな」

そうですね──そう言いながら脳みそをフル回転させ、短時間で頭の中でもっともらしい理由を構築・文書化する。文学部をなめるな。

「まず、『生きたいと思うのに生きられなかった人たち』と『私の死』をつなげて論じるのは間違いです。もし私があの時死ではなく生を選択したとしても、『生きたいと思うのに生きられなかった人たち』が生きることが出来る、という訳ではないですから。次に、『自殺という手段の非正当性』についてですが、そもそも日本には昔から切腹という文化があります。『生きて恥ずかしめを受けず』『責任をとる』そのような理由で、昔の日本人は腹を切ってきました。むしろ『自殺はいけない』というのは、西洋から入ってきた考え、キリスト教的な考えだと言えるでしょう。天国が実際に宗教に関してどのような態度をとっているかは存じ無いのですが、日本では信仰の自由が認められています。そして、仮に天国が『宗教に関わらず自殺は良くない』と考えているならば、それは文化の違い、と言わざるを得ません。事実、日本にはかつて切腹という文化があったのですから、仮に『自殺はいけない』という文化を一方的に押し付けるならば、昔の切腹した日本人はどんな立派な侍も天国には行けなかった、ということになります。もちろん『自殺はいけない』という考え方もあるとは思いますが、『自殺も仕方なし』という文化もあってしかるべきです。どの文化の考え方が本当に正しいかなんて誰にも分からないのですから」

うーん、なるほどと、男が小声で呟く。

「しかし、例えばあなたは言葉は悪いですが今回の人生については満足の行く人生では無かった、と言うことですよね。なぜ、輪廻転生を選んで『今度こそ満足の行く人生を送るぞ!』という思いにならないのですか?」

「そうですね。実は私こそ逆に疑問に思うんです。なぜ最終的に死ぬのに、人は生きなければならないのか。もちろん、輪廻転生を繰り返せば中にはいい人生を送れた!と思うこともあるでしょう。でも、生前私には生まれ変わる前の記憶がありませんでしたし、今、実際に死んでからも輪廻転生をした、と言う記憶はありません。例えば、客観的に……つまり、あの世の方から見れば、『この人は前回ひどい人生だったが、今回はいい人生を送ったな』と思うような事もあるのでしょう。そして『これで不幸の分の人生は取り戻せた』とも。ですが、私たち人間にとっては、常に初めての人生。一度きりの人生なのです。不幸な人生を送れば『あぁ、私は死ぬまで不幸だった』という思いしかないわけです。不幸な記憶しかない。なのに、『いや、でも実はあなたには生まれ変わる前にいい人生も送ったのですよ』というのは、謂わば卑怯とすら言えます。だって、私自身にはその記憶は無いのですから」

うんうん、と男は満足そうにうなずいた。手応えあり。就職試験に例えれば、第一次面接は突破だ。生前は第二次面接などで落ちていたが、天国なら一回の面接だけで合格・不合格が決まる。これはもしかしたらもしかするぞ……!

「試験は以上です。結果は3日以内にご連絡させていただきます。結果が出るまでは天国と地獄の間の中間層でお待ち頂くことになります。それでは、本日はどうもお疲れ様でした」

3日後、僕は晴れて天国へ行けた。広く、果てしなく、雄大な世界。食べ物も美味しいし、好きな事をして過ごすことが出来る。周りの人たちも頭が良く、性格も良い人ばかりで、いつも正しいことしか言わない。いや、確かにそれは正しいけども……っていうことが時々ある。皆、腹の底を見せない。人間として、こんなに完璧な人間がいるはずがない。なぜ皆本音で話さないんだ。根も葉もない噂話、恋愛の上での嫉妬、ちょっとしたワガママ……これらは、出来れば排除すべきものだ。でも、もっとも人間臭さが感じられるものでもある。天国にはこれらが無い。彼らは人間じゃない。正義と良心がインプットされた完璧なロボットだ。ここに居つづけたら、僕は人間としての大切な何かを失ってしまう──。

僕は結局天国を辞退して、輪廻転生することにした。ちなみに天国の定着率は35%らしい。人間は福利厚生ではなく人間関係が原因で転職するって聞くけど、本当だったんだな……。

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