小説シンガー

僕等のヒーロー公務員。

公務員

大学を卒業した僕は公務員になった。

公務員と言えば世間で言われる勝ち組だ。仕事内容は楽だし、終業時間も民間企業よりずっと早い。

どうやら世間では「公務員の仕事は『見ざる・言わざる・聞かざる』だ」と揶揄されているらしい。

確かに、民間企業からの接待や、国民の金の横領、就職のコネ、天下りなどダークな部分はいっぱいある。

でも、考えてもみてほしい。公務員と言えば一般的に「安定した仕事」と言われているはずだ。なので、特に人生に夢も希望もなく、地味に暮らしたいという地味な人間が集まる場所が公務員だ。ほとんどの人間が「市民の為に!」とか「国民の為に!」とかいうことを考えているワケが無い。僕はただただ静かに生きていきたいんだ。だから、上司や同僚のダークな部分は見ないし、聞かないし、もちろん誰かに聞かれても答えない。

ある日、僕の国と隣のA国との間で戦争が起きた。国民はどんどん兵士として集められ戦場へ運ばれた。でも、僕たち公務員は大丈夫だ。だって公務員がいないと、国民を兵士として集める人がいなくなってしまう。戦場へ送る人がいなくなってしまう。それに、自分が兵士に選ばれそうになったら、皆コネを使ってそれを上手く避けた。公務員の特権って言うやつだ。

戦争はどんどんと激しくなり、僕の街にも爆撃機がくるようになった。まったく、送られた兵士たちは何をやっているんだ。さっさと隣の国をやっつければいいのに。空襲時に国民を避難させるという仕事が増えてしまった。

とうとう僕の国は負けてしまった。国民は茫然自失で食べる物も着る物も無くなってしまった。僕たち公務員はA国に引き継がれた。国民に食べる物と着る物を配布するのが仕事だ。市民たちの貧しい姿を見て、公務員で良かったと改めて思う。

A国の占領兵たちが毎日犯罪を起こしている。でも、僕たち公務員の仕事は「見ざる・言わざる・聞かざる」だ。今日も市民たちの苦情をハイハイと聞く仕事をした。

ある日、また面倒くさい市民がやってきた。僕に向かって叫んでくる。
「お前ら公務員は一体何の仕事をしているんだ!?国民は飢えているのに、お前らは戦場にも行かず、戦争を終えると今度はA国から仕事と食料を与えられてのうのうと生きている。お前らは何のために存在しているんだ!?」

僕は答えた。
「我々公務員の仕事は、あなたたち市民の生活をより暮らしやすいものにすることです。微々たる力ですが、一所懸命にやっています」
「なるほど。じゃあ、今酒場であばれているA国の兵士を追い出してくれ」
「それはできません」
「なぜだ!?」

なぜかって?
「争い事を好まないからです」
「争い事を好まずに仕事ができるのか?なるほど、確かにA国の兵士に逆らえば殺されるかもしれないな。でも、市民の為に新しい道路を作るときに、邪魔な家を取り壊す交渉をしないといけなかったり、近所に迷惑をかけているキチガイのじいさんに、キチガイな行為をやめるようお願いしに行ったりするときは、争い事は避けられないだろう?」
「そうですね。でも、私たち公務員は、平和主義者ですから」

「じゃあ、お前ら一体具体的に何の仕事をしているんだ!?」
男があまりにしつこいもんで、僕はイライラしてつい言ってしまった。

「公務員の仕事は『見ざる・言わざる・聞かざる』です」

殴られるかと思ったが、男はムスっと黙って出て行った。

──国民の暴動が起こった。暴動は革命になり、A国は慌てて僕の国から逃げ出した。革命のリーダーは、僕にしつこくからんだあの男だった。

今日も市役所は平和だ。公務員たちは皆、『見ざる・言わざる・聞かざる』の精神で黙って仕事をこなしている。業務内容は、市役所の席の上で死ぬまで生きることだ。

公務員だった人間のすべての眼はヤリで貫かれ、すべての口は紐で縫われ、すべての耳はひきちぎられ、鼓膜は破られた。何も見えず、何も言えず、何も聞こえない。上司や同僚の不正行為を見聞きすることもないし、新聞記者に公務員の不正を追求されることもないし、市民からの面倒くさい苦情を聞くこともない。

何もせず、ただただ自分が死ぬのを待つだけでいい。僕は、生まれて始めて心の底から精神の平穏を感じた。こんな状況になって、僕は始めて大人になったら何をやりたかったのかを知った。僕は、大人になったら公務員になって平穏な人生を送りたかったんじゃない。大人になる前に死にたかったんだ。

生きるのなんて、辛いことの連続だ。いじめられたくないのにいじめられ、逆にいじめたくないのに場の空気でいじめに加わらないといけないこともあり、裏切られたくないのに裏切られ、裏切りたくないのに裏切り、嫌われたくないのに嫌われ、嫌いになりたくないのに嫌いになり、勉強したくないのに勉強させられ、人と関わりたくないのに人と関わらなければならず、生きたくないのに生きていた。

今考えれば、公務員っていうのは生きたくないのに生きることを強いられている人間の逃げ道だったんだな。

最後にただ死ぬのを待つという仕事を与えられた僕は、本当に、今、幸せだ。

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