小説シンガー

おひさしぶりです。最近、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?私は天国で元気一杯にやっています。

遺書

昔、「人生に悔いなし」と言って自殺した女子高生がいる。格好いい死に方だなと思う。

バブル時代に、「あ〜面白かった」と言って死んだじいさんがいる。俺は、そのじいさんがうらやましい。

俺は今、自殺をするための遺書を書いている。大事なのは、残された家族に「俺は苦しんで死んだのではないよ。死後、葬式など、いろいろと迷惑をかけてしまうかもしれないが、申し訳ない」ということを伝えることでは、もちろんない。

俺は、歴史に名を残したいのだ。少なくとも、誰かの心に残るような死に方をしたい。例えば、俺の心に残っている女子高生や、じいさんのように。

思えば、俺の人生は不幸だった。あらゆる人間が俺を裏切り、俺から親を、友を、恋人を奪っていった。これはもう神さまが、「あなたにぜひとも死んでいただきたいのですが、いかがでしょうか?」と言っているに違いなかった。

あぁ、俺は不幸だ。人間には愛されなかったのに、死神には愛されてしまった。ちくしょう、死神の野郎、天国であったら、ただじゃおかねぇ。

こんなことをしている間にも、部屋の中にはガスが充満してきている。俺は、一酸化炭素中毒で死ぬことにしたのだ。図書館で偶然見付けた「自殺の仕方100選」のなかでも、特にお薦めの死に方がガス自殺だった。「一番苦しみがなく、眠るように死ねる。今一番流行の自殺方法がこれ!」と、萌えキャラクターの自殺ちゃんが太鼓判を押す程の素晴らしい死に方だ。窓や部屋のすき間には、全てガムテープを貼っている。「自殺の仕方100選」の説明どおりに事を運べて満足だ。ガスが部屋の中に充満する間、ただ待つというのも暇だったので、最後に遺書でも書いてみようかと思い立ったのが事のはじまりだ。

俺が、格好いい遺言を書き残すのが先か。それとも、ガスが充満して、俺が遺書を書き残す前に意識を失ってしまうのが先か。いうなれば、これは俺と死神との最後の戦いだった。

問題は、人間の心をぐっとつかめるキャッチフレーズだ。遺書にだって、キャッチフレーズは必要だ。例えば、その遺書を読むと、思わず「私も自殺してみようかしら!?」と思ってしまうような……。そう、そもそも、「死ぬ」=「暗いイメージ」というのが良くない。先の女子高生やじいさんには、潔さや、おもわずふっと笑ってしまいそうな雰囲気が感じられる。イメージを刷新しなくてはならない。俺は「自分の運命を呪いながら死んだ不幸な青年」として死ぬのではない。「今、最新の流行である『おしゃれ自殺』!そのムーブメントの先駆けとなったのが、この青年だ!」と、昼のバラエティー番組でカリスマ自殺士として話題にされるような死に方がベストだ。

「死神に愛されたので、自殺します」
うーん、どうも、作為的な感じがして嫌だな。「地球は青かった」のように、もっとシンプルで、ふと口から出たような言葉がいい。どこが作為的かって言うと、これ、五・七・五で、俳句になっちゃってるんだよね。もっとこう……

「ちょっと引くほど自殺します」
うーん。ちょっと引くほど、か……。受ける人には受けるけど、引く人には引かれる。人を選ぶフレーズだな。一発屋の香りが漂ってきてる。

「納豆が食べられないので自殺します」
うん、さっきよりは良くなった。死がもっと短かな存在になったし、これに同意してくれる人は多いと思う。ちょっとおちゃめな一面も感じられ、自殺した人の純粋さが伺える。

「ちょっとモレそうなので、ダッシュで天国へ行ってきます」
天国ってトイレあるんかね。そういえば昔、雨は神さまのおしっこだって信じてたなぁ。これも意外性があっていいんだけど、この家トイレが普通にあるからな……。

俺は、その後も遺書を書いて書いて書きまくった。あれはボツ、これもボツ、これはいいけど、もうひとひねり。とっくに意識が飛んでもいいはずの時間だったが、ハイになった俺は、意識を飛ばすことさえ忘れ、必死に考えた。

──できた。俺は完璧な遺書を見つめてほくそえんだ。おしゃれさの中にもクールなイメージ。純粋さの中に愛嬌を感じさせるフレーズ……。俺は、勝ったのだ。今までの凡庸な自殺士に。意識を飛ばそうとする一酸化炭素に。そして、今か今かとてぐすねを引いて待っている死神に。この遺書が発見されれば、まちがいなく、「自殺」がフューチャーされるだろう。昼のバラエティーにはもちろん、NHKだって夢じゃない。俺が、自殺のあらたなムーブメントを起こすのだ。

ふと、意識が飛びそうになり、呼吸が苦しくなる。ふっふっふ。いまごろ俺を殺そうとしてももう遅いぞ。俺の肉体は死ぬが、魂は永遠と人々の間で生きつづけるのだ。俺はタバコを取り出し火をつけた。死ぬ前の勝利の一服ってのはまた格別だぜ。

突然、ものすごい轟音が鳴り響き、俺のライターの火を養分に、死神がガス爆発で俺の肉体を跡形もなくぼっこぼこに燃やし尽くした。

俺の遺書(たましい)と共に……。

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