文学ファイター

でも、テレビは衰退していくと思うけどね。

インターネットの時代だけども新聞が必要な理由

西暦200X年!!世界は情報革新の炎に包まれた!!だが、新聞は!生きていた!!

みたいなね。ケンシロウを見たことが無いので適当なナレーションですけども。

時代は最早パソコンの時代。ウェブサイトは新聞よりも種類が多く、新聞よりも情報が多く、新聞よりもマニアック。

しかし!それでも!新聞は必要なんだ!なぜなら!「歴史を伝えるもの」だから!

いやね。正直現代には情報伝達手段として時代遅れかもしれないよ。

でもさ、50年後、100年後に「その時代の空気をそのままに残しているもの」は新聞しかないと思うんだ。

インターネットも、確かに時代を後世に伝えることが出来るかもしれない。でも、ネットって進化しちゃうじゃん。古いサイトも、「デザインを一新して垢抜けてみましたー」ってやってるじゃん。その時代の流行とか空気感とかを残せないと思うんだよね。

それにネットの世界って所詮「電子の世界」じゃん。実物じゃない。例えば、「20XX年!!世界は核の炎に包まれた!!」という事態が起きて、人類が原始時代から……つまり、文化をゼロの状態から作らないといけない――っていう時に、昔の情報が残っている場所は「ネットという仮想空間」ではなく「紙という実物」だと思うんだよ。

確かに「この新聞は左翼的だ!」とか「この新聞は右翼的だ!」とかあるけど、それを含めての現代の空気感じゃん。

今、個人で日記が書けるブログとかSNSが流行っているけども、50年後に残っているのは、誰かが鉛筆で紙に書いた実物の日記だと思うんだ。

例えば、人類が絶滅しても、300年後に地球に来た宇宙人が見つける文化の欠片っていうのはネット世界じゃなくて新聞だと思うんだ。

「ネットは時代を創ります。新聞は時代を伝えます。」

はい。これ、私が作った標語だから。ウェブの世界(の片隅)から新聞の世界へのエールだから。色々あるかも知れんけど頑張ってください。

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