文学ファイター

ハッカーになりたいなら旅に出ろ。できればバスの旅がいい。

「ピュア」な人間なんて存在しない。

この世に純真な人間なんて存在しない。「ピュアな人間」というのはつまるところ「善悪の判断がつかない人間」のことであり、決して善人の事では無い。

例えば、「いい人(善人)」というのは存在する。電車の中で席を老人に譲ったり、ボランティアに精を出したり。でも、それは「善悪の判断がつき、自ら進んで善を成そうとする人」のことであり、決して「ピュアな人」では無い。

例えば、「あの人は、ものすごくピュアよ。簡単に人を信じて騙されて」っていう人がいるかもしれないけど、それは「バカな人」であって、「ピュアな人」ではない。少なくとも、人を肯定するような意を持つ「ピュアな人」と呼ばれるべきでないだろう、騙されやすい人は。

っていうか、何かしら肯定的な意味を「ピュア」という言葉が持つべきでは無い。「ピュアな人」というのは、「善悪がつかないので、人を救う人間になるかもしれないし、人を殺す人間になるかもしれない」のだ。

例えば、赤ちゃんを生んだ人が、「この子はピュアだから、このまままっすぐ育ってほしい」とか言ったら、アホか!とツッコミを入れるべきだと思う。このまま善悪の判断がつかなければ、そいつは人殺しに育つかもしれないんだよ!親がやるべきなのは、そのピュアのまま育てるんじゃなくて、善悪を教えないといけないんだよ!

例えば、宗教とかで「神はピュアな心を持ってお生まれになった」とか言ったら、アホか!とツッコミを入れるべきだと思う。そいつがピュアかどうかどうやって判断するんだ。誰が判断したんだ。例えば、そいつが生まれてから一度も悪いことをせず、善のみを行ったとか言ったら、感動どころか恐怖するね。だって、その神が例えば仮に、「これは善である」と自ら進んで行い、人々にも教えを広めたら、それは善では無く「これは善である」という洗脳だと思うから。

時代によって善と悪というのはたゆたっているものだから、「絶対的な善」も「絶対的な悪」もこの世には絶対に存在しないから。ある時には平和が正解だった時代もあるし、ある時には戦争が正解だった時代もある。極力平和であろうと戦争を回避して隣の悪を増大させる「不正解」もあったし、やたらめったら悪を倒そうとした「不正解」もあった。

もし仮に、この世がピュアな人間だらけだったら、絶対に戦争だらけの世界になる。だって、人間の中でも「ピュアに近い人間」である「子供」は学校でしょっちゅう喧嘩やらイジメやらやってるし、何が正義かよりも誰が強いかで教室のルールが決まるから。善悪の判断がついていないから。

だから、「彼ってピュア!」とか言っている女は、はしゃぐ前にそいつに社会常識というものを教えるんだ。「俺の彼女ってピュアなんだよ」とか言っている男は、はしゃぐ前にそいつに善悪の判断を教えるんだ。

少なくとも、「ピュア」なんて言葉を肯定的に使うな。

なお、当サイトではピュアな女子高生を更正させるボランティアを積極的に行っております。「俺のクラスにピュアな美人女子高生がいる!」っていう人は、彼女を助けるためにも至急ご連絡下さい。

えぇ、もちろんピュアなボランティア精神からです。

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