文学ファイター

男は女性に常に愛を語らなければならないというルールがあれば、引っ込み思案な私も愛を語ることが出来るのだが。

2008年12月31日 今年最後の記念すべきエッセイ 私は王道が好きだ。

しまったー!!危うく2008年12月31日、大晦日という記念すべき日にエッセイの更新を忘れるところだったー!!

というわけで、今年の一月から始めたこのサイト。「まぁ、今年の大晦日くらいにはエッセイ100作品。小説100作品くらいできてるだろ」みたいな感じで始めたわけですが、今のペースで行くと、エッセイ100作品達成は来年。小説100作品達成は4年後ですな。

今年を振り返るといろいろありました。サイト的にはこのサイトは最初はxhtmlで作っていたんですが、誰も来なすぎで仕方なくphpにして、で、ちょっと検索に引っかかるようになって、で、調子に乗って最近またxhtmlに直したんですね。

私のプライベート的には就職が出来たというのが大きいですね。今年、学生生活最後の年だったんですよ。来年から働くんですね。会社は良く私のようなダメ人間を入れる気になりました。

で、私は実は会社が決まるのが遅かったんですが、その一ヶ月後くらいに一気に不景気になりまして。世界大恐慌。就職活動冬の時代。俺、ぎりぎりセーフ。

来年はどんな年になるんでしょうね。まぁ、世界恐慌の年ですよね。お先真っ暗ですよね。来年、私、会社クビになっていなければいいんですが。会社が倒産しなければいいんですが。そもそも、生きて次の年を迎えられればいいんですが。

はい。これだけで終わってしまうと、エッセイというより日記ですので、エッセイらしく、「私は王道が好きだ」な話をします。

私は、王道が好きです。目の前に、パンとご飯があるとして「王道はどちらですか?」と聞かれれば、これは間違いなくご飯です。なぜなら、私は日本人ですから。仮に私がアメリカ人なら、パン!……ではなくコンフレークが王道だと答えます。なぜなら私はアメリカ人だからです。

私は趣味でLinuxを使っているのですが、その中でもDebianという名前のディストリビューションが大好きです。なぜなら、Linuxとは、Linuxのカーネル部分とDebian GNUのソフトウェアがあったからこそ、今日の発展があるからです。というわけで、私の中でのLinuxの王道ディストリビューションはDebianです。

そして、Linuxを使う身としては複雑な心境ですが、WindowsがパソコンOSの王道であると認めています。認めざるをえません。Windows無しに、ここまでパソコンを世界中の人が手に入れ、インターネットを楽しめる環境を手に入れることは出来ませんでした。なので、Windowsも結構好きです。

で。王道が好きな私は、ルールというモノが好きです。標準と言うモノが好きです。時に過激なまでに。

というわけで、現実的にはちょっと使うのはためらわれるXHTML1.1という技術を使ってサイトを作っています。なぜなら、これが推奨されている標準ルールの中で、もっとも新しいものだからです(ということは、私はルール好きの新しい物好きということです)。拡張子がxhtmlなところに、私のこだわりを感じてくれればいいと思う。

私は、赤信号は渡りません。車がまったく来なくても、青になるまで待ちます。なぜなら、それがルールだからです。

ですが、大都会は厳しいです。歩行者が多い場所では、車が全く来ないのに赤信号で待っていると、「なに、こいつ?」みたいな。「ばかじゃね?」みたいな視線を受けます。そんな視線に耐えられなくなった私は、大都会でだけ、このルールを泣く泣く破っています。東京なんて大嫌いだ。

で、考えてみると、私は「デファクトスタンダード」よりも「ルール」を重視するんですよね。「世間の意見」よりも「ルール」が好きなんです。

なんでだろう?小さい頃から「ルールを守りなさい」といわれて、それを健気に守っていたからか?「ルールなんて破ってやるぜ!」という牙をぬかれたからか?

最近、こんな話を聞いたんですよ。「日本人は、頭が良いが、例えばルールがあるとして、『なぜそのルールがあるか』の理由を聞かれると、全然答えられない」そうです。

日本は「理由を判断する能力」が世界の中でも下位にあるそうです。つまり、「ルールそのものが間違っている場合、その間違いに気づけない。指摘できない」ということです。

はい。私がいかにダメ人間かが良く分かる話ですね。

で、ですよ。私だけでなく、「理由を判断する能力が日本人は下位である」という事実があるということは、私以外の人も、「ルールを無条件で守るのが好きな人」というのが意外と多いのでは無いか?では、なぜ日本人だけその能力を著しく欠落させているのか?という話ですよ。

日本という国は、現在、世界の中でも幸せな国だと思います。先進国だし。戦争無いし。治安もいいし。でも、昔は、世界史上類をみないほど最悪な国だったと思うんですよ。地震国家であり、台風の通り道。昔は洪水もよく起こっていたらしいですから、つまり、自然の猛威が「いえーす!!レッツ パーティー ターイム!!」なノリで人を殺しまくってたわけです。

そこで、日本という国に住む人々は、生き抜くために「滅私」という文化を育てたのでは無いかと。つまり、社会の為に生きて個を消す。そうすることで、「村」や「町」という共同体を守っていったのではないか。

その過程で、「何は無くともルールだけは厳格に守る」という過適応がなされたのではないか。

「成人男性は25歳までに彼女を作らなければならない」というルールがあれば、私は彼女を作れていたのではないか。

みたいなね!そんな結論に至り!未だに私が童貞だということがバレたところで!今年はさようなら!

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