文学ファイター

アートって魅力的ですね。

芸術とは

私が個人的に思う芸術とは、「人の心を動かすモノ」です。

というわけで、世界最高の芸術作品は、「ちんこ」「お尻」「おっぱい」です。

なぜなら、これらのものは、その言葉を言うだけで、子供たちが爆笑するほどの力を持っているからです。

現在、芸術作品と呼ばれているものの大半は、「ちんこ」「お尻」「おっぱい」の応用です。

西洋の彫刻像を思い出してみてください。奴ら、チャンスがあればちんこを露出しています。西洋の絵画を思い浮かべてみましょうか。奴ら、チャンスがあればおっぱいを露出しようと試みます。

西洋の知識人たちは、紅茶を飲みながら、芸術の話、すなわち「ちんこの話」をしていたわけです。

日本の浮世絵は、もともと、風俗店のチラシでした。要するにエロ絵です。

昔のヨーロッパでジャポニズムといって日本の文化がもてはやされた時期がありました。その発端は、日本の陶器を包んだ包み紙に浮世絵が描いてあったのを目ざとい誰かさんが発見したからです。

で、まぁ、もちろん浮世絵の中には普通の絵もあったと思いますが、もちろんエロ絵もあったはず。おそらく西洋人は、絵画でエロ絵(芸術作品)を描きつづけた結果、ネタが尽きてきたところに日本製エロ絵を発見して、こいつはいいやとブームになったのです。

西洋の芸術品を見ると、特に彫刻なんかは男性の裸体像が多いので、やつらはきっと、文化的にホモです。O型の純血の人を、純血という意味でホモといったりしますが、この場合のホモは、言葉そのままにホモ野郎という意味です。よって、西洋はホモ文化圏とす。

一方、日本の場合、日本人形はなぜだか決まって少女でした。大人の女性の人形が流行ったことがない。よって日本をロリコン文化圏とす。

と、このように性による文化圏の分布を研究していけば、きっと面白いデータが得られると思うので、誰か変態の研究家がやってくれないかな。

もちろんエロでなくても芸術作品は芸術たりえます。例えば、音楽なんかは、何か悲しいことがあったときなんか聞くと、「ジーン」と心にきます。この「ジーン」こそ、心が動いた証拠。すなわち芸術。

お笑い芸人のコントとかを聞くと、ものすごく面白いですよね?あれも、心を動かしているので、芸術です。有名な噺家さんが人間国宝に選ばれていたりしますよね。

ピカソが描いた絵は、昔は芸術でしたが、現在では芸術ではありません

理由は簡単です。「みんな、ピカソの絵に飽きた」からです。もちろん、昔は斬新な手法だったのでしょう。「こいつはすげぇや」と、見る人の心を動かしたはず。でも、もう皆、ピカソさんの絵に飽きた。見ても心が動かない。今でもピカソの絵が「素晴らしい素晴らしい」と言っている人は本当に芸術が分かってるのか。ピカソというネームバリューに惹かれてるだけなんじゃないか。

というわけで、芸人のオッパッピーさんも、昔は動く芸術でしたが、今では芸術ではありません。「飽きた」からです。逆に、さんまさんは至高の芸術人間。

私が理解できない芸術もあります。陶器です。あれは、作るのは楽しそうですが、見ても心を動かされない。というわけで、陶器は私の中では芸術というより民芸品です。着物も、特に心が動かされません。が、多分あれは、日本人以外の人から見たら魅力的に映るのでしょう。

漫画やアニメも「心を動かすモノ」なので芸術です。見るだけで心がワクワクします。小説なんかも芸術ですね。

さて、趣味で小説を描いていると思うのですが、小説なんて言うのは、「非日常」「殺人」「セックス」「あての無い旅」くらいをごろごろと調理していけばどうにか面白い話ができます。

というわけで、この間、古川 日出男さんの「ハル、ハル、ハル」という小説を読んだんですが、こいつが最高につまらないの。この小説の話は、要するに、「殺人どーん!」「セックスどーん!」「あての無い旅どーん!」な話で、「だからなんなの?」みたいな話なんですよ。アイテムを出しただけで、全然それを転がしてないの。

お前、それは小説における「ハズレの無い材料」を出してみただけで、お前自身は全然調理してないじゃないか、と。せっかく料理店に来たのに、にんじんとじゃがいもとピーマン出されて、「この素材は天下一品ですよ!」と言われても、「いや、調理してないじゃん」みたいな。確かに具材はいいかもしれないけど、それは野菜を育ててくれた農家の人が凄いんであって、お前自身は全然すごくねぇよ、みたいな。

もっと、舞城王太郎さんみたいな「殺人のにんにくソテー」は無いのか、と。乙一さんみたいな「非日常のプリン・ア・ラ・モード」は無いのか、と。瀬尾まい子さんみたいな「日常のささやかな幸せお漬物」は無いのか、と。伊坂幸太郎さんみたいな「エンターテイメント丼」は無いのか、と。

というわけで、姉に「つまらなかったよ」って言ったら、「面白かったよ」って言われて、「むしろ、伊坂幸太郎のほうがつまらないよ。なんつーか、はいはい、すごいね、みたいな」と続けられ、そんな感性の違いも感じつつ、私たち姉弟は今日も元気です。

というわけで、完璧な芸術作品とは、飽きの来ない芸術作品の事です。すなわち、「ちんこ」「お尻」「おっぱい」です。

ピカソでさえ飽きてしまう人間が世代を越えて心を動かされる芸術作品といえば、「ちんこ」以外にないのです。だって、いつの世代の子供も、「ちんこっこー!」って叫べば爆笑してくれるんだもの。

人間の三大欲求とは「睡眠欲」「食欲」「性欲」です。睡眠欲と食欲を別にすると、人間がもっとも心を動かされるものは「性欲」。つまり、性に関わる芸術品が一番心を動かされるということになります。

というわけで、アダルトビデオもアダルト写真集も芸術品です。なぜなら「心を動かされる」からです。しかも、人間の「性欲」に直結している至高の芸術作品。よって、アダルトDVDやアダルトビデオ、アダルト写真集を購入している男性は芸術評論家なのです。ただの変態では無いのです。

男性百人にピカソの絵と女性アイドルの写真集を見せ、「両方とも一万円の価値があるけども、どっちが欲しい?」って聞いたら、百人とも女性アイドルの写真集に食いつくと思うんですよ。要するに、女性アイドルの写真集の方が芸術性が高いんです。人の心を動かすんです。

現在、日本の漫画やアニメ、その他の文化が世界の文化を侵食していますが、そりゃそうです。日本は世界一のアダルト文化大国です。つまり、芸術レベルが世界一ということです。他国に「変態国家」と言われ、また自らも「変態国家」を自称する日本の芸術性の高い文化に誰が勝てるのか。変態に寛容でない国家が日本を凌駕するワケが無い。

なぜ、社会主義国家が崩壊したかというと、文化が成熟しなかったからです。変態に非寛容だったからです。というわけで、まったくエロを感じさせないクラシック音楽などで頑張ってはいましたが、姉の言葉を借りるなら「はいはい、すごいね、みたいな」感じです。エロに非寛容な国がエロに寛容な国に芸術で勝てると思うな。

他国は日本を「変態国家」と揶揄しますが、そんなことを言っているうちは芸術の分野で日本に勝てません。変態エネルギーこそ芸術エネルギーなのですから。よって、日本の芸術文化を越えようと思うならば、「俺、変態になるよ」という第一歩を踏み出さないといけないわけです。

日本のエロ文化は「萌え」という要素を得てさらに進化しました。アニメや漫画を媒介にして、大人だけでなく子供たちまでもを「エロ文化」に接させるようになりました。アダルトビデオほど直接的ではないにしても、エロ漫画やエロアニメは子供たち、ばんばん見ています。つまり、次世代の芸術をリードする国も日本と決定済みなのです。

しかし、我々は大人になるにつれ、次第に「ちんこ」よりももっと芸術性の高い作品を探し始めます。そう「好きな人」です。

「好きな人」という芸術作品は凄いです。顔、体つきは元より、性格までもを鑑定した結果、「これは素晴らしい」となった芸術作品こそ「好きな人」。「ちんこ」よりも魅力的な逸材。作成者の父親と母親に感謝。

芸術が時に「愛」を強調するのもここからきているんですね。

という、ちんこの話でした。

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