文学ファイター

私は一体何の話をしているのだろう。

おっぱい星人

「私はおっぱい星人です」
このセリフを聞いて、特に違和感を感じる人はいないと思う。「あぁ、この人はおっぱい星人なんだなー」と思うだけだ。

「私はおっぱい星人です」
なので
「私はおっぱいです」
と聞くと、違和感を感じる人が多いだろう。「いや、お前は確かにおっぱい星人かもしれないけど、おっぱいではないだろ」と。

確かに、「おっぱい星人」という言葉は「おっぱいを愛して止まない人々」という意味がある。

しかし、仮に、この広い宇宙のどこかに本当に「おっぱい星人」なる宇宙人がいたらどうだろうか。

おっぱい星人と名づけられる位だから、その体はおっぱいでできている可能性が高い。

つまり、この場合においては
「私はおっぱい星人です」
なので
「私はおっぱいです」
という方程式が極自然と成り立つわけである。

我々は、「おっぱい星人」と聞き、無意識にそのセリフを言っているのが人間であると仮定してしまった。この広い宇宙のどこかに実在するかもしれないおっぱい星人の事をつゆとも考えずに。

これは、人間のエゴと言えるのではないだろうか。我々はいつのまにか人間中心の考え方になってしまって他の生命体の存在を無視してしまっているのではないか。他者への思いやりというのを忘れてしまっているのではないか。

という、人間中心のモノの見方に一石を投じるおっぱい星人の話。

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