文学ファイター

防御重視の日本。攻撃重視のアメリカ。

負けない日本。勝ちにいくアメリカ。

サブプライム問題に端を発した世界恐慌直前の昨今、皆様、どのようにお過ごしでしょうか。

まず、最初に、私たちは日本経済界の偉い人に謝らないといけません。なぜなら、私たちはこんな恐慌になる前は、「ったく、日本経済はどうなってるんだ。アメリカもヨーロッパも金融立国としてすごい経済力を維持しているのに、日本は全然経済力が発展しないじゃないか。お偉いさんは何をしているんだ。バーカバーカ」と、相変わらず自分の国を自虐的に見ていたからです。

なのにですよ。今回の恐慌の「会心の一撃」を奇跡的に回避した日本に住んでいる私たちは、「やっぱり地道にやってた日本が一番だな。欧米のバーカバーカ」と、今まで私たちがバカにしていた経済界のお偉いさんに謝ることもなく、矛先を外国に向けるだけとは。いやいや、まず、謝ろうよ。お偉いさんに。お偉いさん、ごめんよ。今までバカにして。でも、あんたたちはやっぱり凄かったよ。あんたたちのやり方は正しかったよ。

さて、私は経済の専門家ではありませんので、ド素人の私がものすごく間違っているかもしれない論理をこれから展開します。お聞きください。

アメリカは、サブプライム問題でコケたとはいえ、それまではものすごい経済力でした。なんせ、経済力第一位。それに対して、サブプライム問題が表面化するまで、日本はものすごく地味でした。それでも経済力第二位。

経済がグローバル化している近年では、「貧富の差」つまり、強者と弱者の差がはっきりと現れるようになりました。グローバル化した経済で求められたのは、「勝ちにいくこと」。アメリカはこのグローバル化経済の下、次々と戦いに勝利していきました。国力もばっちり。

しかし、アメリカは今、未曾有の危機に瀕しています。いくらアメリカでも、勝ちつづけることはできなかったのです。

一方の日本ですが、グローバル経済の下で戦える人間が、日本国内には不足していました。これは、国民性も関係あると思うのですが、日本人にはあまり「人生の勝利者になってやるぜ!」という願望はありません。どちらかといえば、「平和であれば、それでいい」という国民性です。

しかし、まったく勝ちにこだわっていない日本が、なぜか一番ダメージが少ないです。なぜでしょう。

アメリカ人は、「負けることを覚悟して勝ちにいける人種」です。一方の日本は、「負けることだけは何としても避ける人種」です。

日本は元々農耕民族です。なので、村の人みんなで協力して畑を耕し、成果物を平等に分配していました。みんなで平等に仕事を分担し、みんなで協力して物事を成し遂げる。なので、この「みんなで協力」のなかに、「和を乱す者」がいれば、排除される対象でした。飛び抜けてできる人はまだいいとして、「飛び抜けてできない人」は、排除すべき人間でした。最低でも、みんなと同じくらいには仕事ができなければならなかったのです。

その結果、日本では「上を伸ばす」のではなく、「下をすくい上げる」ような教育の仕方になりました。その結果、平均的に質のいい人材を大量増産することに成功したのです。

日本社会は、失敗に対して不寛容です。自己破産した人は、その後、銀行でお金を借りにくくなります。新卒で就職できなければ、その後、いい会社に就職ができにくくなります。なので、私たちは下に注意を向けます。「これ以上、下にいってもまだ大丈夫なのか。それとも、もうだめなのか」。我々は、負けることにたいして、非常に敏感です。逆に、勝者になることに対しては他国に比べれば鈍感です。

一方のアメリカは開拓民族(?)です。まったく何も無いところに街を作り、時々襲ってくるインディアンと戦いながら、まだ誰も足を踏み入れた事のない場所へ道を切り開いていきました。彼らが道を切り開けば、その土地は彼ら自身の物になりました。頑張れば頑張るほど、土地は広がりました。時には、他者を蹴落とす必要もありました。そんな状況の中で、「勝って褒美をもらう」ということがアメリカ人のアイデンティティを形成するものの一つとなりました。彼らは勝つ事に対して非常に敏感になり、敗者になることには鈍感になりました。もし負けても、また挑戦すれば、アメリカ社会は受け入れてくれるからです。

彼らは、勝つための教育を行い、国力を強めましたが、そのかわり敗者という存在を生み出してしまいました。

グローバル経済下では、アメリカの「勝つ」というアイデンティティは非常にうまく作用しました。逆に、日本の「負けない」というアイデンティティは、あまりうまく作用しませんでした。アメリカと同じように「勝つ」努力をした国々は、経済を活性下させました。実際の価値の何倍にも価値を増やす錬金術は「勝つために」必要でした。一方の日本は、「負けないために」は、実物経済以上の経済力を伸ばすことはむしろ危険でした。なので、戦いに参加しない日本は、経済界の中でどんどんと色褪せていきました。

しかし、ついにバブルが崩壊した今、アメリカやヨーロッパはリスクをかぶらなければならなくなりました。ゲームに乗らなかった日本はリスクをかぶらずにすみました。

負けない日本は負けずに済み、勝ちつづけたアメリカはついに敗れたのです。

最近、アメリカ、中国、韓国と比べて、日本の若者は競争心が無いという調査結果が出たそうです。「のんびりくらしたい」という日本人の若者が多かったらしく、「これは、その裏に、ある程度の資金力があればと言う前提がつく。なのに、彼らはそれを意識していない」と、この調査結果を紹介した先生がおっしゃっていました。

――が、それは違うのではないか、と私は思います。我々はもともと、「負けなければいい民族」なのだ。「大会社で自分の力を試したい」とか「実力を上げて有名になりたい」とかは「勝ちにいく民族」の考え方だ。これらに日本人が少ないのは、実は日本人が現状に満足しているからだ。現状のんびり暮らせており、特に不満が無いので「他国と比べて競争心が無い」という調査結果が出てしまうのだ。

私たちが現状に幸せを感じているのに、なぜかこのアンケートは相手と競争することを強制しやがる。このアンケートに「でも、競争心を持っていた人たちはみんな負けましたね」と言ったら、このアンケートを考えた人は何て言うんだろう。

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