文学ファイター

道徳の世界が辛い場合は現実世界に逃げるんだ。

道徳という宗教

私達は子供の頃から大人や社会に正しいことを教わる。「努力をしないと成功しない」「簡単に逃げるようなやつは幸せになれない」「人に優しくしていれば、いつかあなたにも良いことが起こる」。だから私達は、大人になってもこれらを信じている。これを一般的に「道徳」という。

でも、道徳を持っている私達も、実際には物凄くやさしい人が不幸になる場合があることを知っているし、物凄い悪人が社会的に成功する場合があることを知っている。なんで道徳は正しい考え方なのに、通用しない場合があるんだろう?当たり前じゃん。だって私達はフィクションの世界に生きているわけではないんだもの。

もし私達が漫画の世界に住んでいるならば、正義は必ず報われるよ。もし私達がドラマの世界に住んでいるならば、正義は必ず勝利するよ。もし私達が映画の世界に住んでいるならば、正義は必ず幸せになれるよ。でも、思い出して。私達が住んでいる世界はフィクションの世界じゃないよ。「何でもあり」の現実世界だよ。

「努力をしないと成功しない」?それはどこの公的機関がどういう調査方法で調査した調査結果なの?「簡単に逃げるようなやつは幸せになれない」?それはどこの公的機関がどういう調査方法で調査した調査結果なの?「人に優しくしていれば、いつかあなたにも良いことが起こる」?それはどこの公的機関がどういう調査方法で調査した調査結果なの?

まさか「先進国」に住む私達日本人が「なんとなく昔からそう言われているから」だけの理由で無条件に信じたりするわけがないよね?それを信じるからにはそれ相応の理由があるんだよね?

もし「なんとなく昔から言われてることは大体正しいだろう」って言うなら、あなたは天動説を信じてるの?大怪我は悪霊の仕業だから傷口に塩をすり込むの?カッパは実在するの?「なんとなく昔から言われてる」は何の根拠にもならないよ。

ここは「道徳観」が通用するフィクションの世界じゃないよ。「なんでもあり」の現実世界だよ。だから、私達の「道徳」がなんとなく通じるのは相手も同じような「道徳」を持っている場合だけだよ。

でも「だから道徳はクソなんだ」なんて言うつもりはないよ。私も道徳は正しいと思うよ。皆が道徳を持っていたら、この世界はとても幸せな世界になると思うよ。でも道徳は「理想」であって「事実」ではないよ。

だから、あなたが基本的には「道徳」を元に自分の行動基準を決めるのは私も賛成なんだけど、でも、もしあなたの人生のどこかで「道徳」だけじゃ通用しない状況に陥ったら、その時は思い出して。ここは「道徳」が通用するフィクションの世界じゃなくて、「なんでもあり」の現実世界だということを。

例えばあなたが物凄く辛い状況にいたら「簡単に逃げるようなやつは幸せになれない」という道徳観は無視して、とっとと逃げていいよ。「簡単に逃げるようなやつは幸せになれない」わけがないじゃん。だってここ、現実世界だよ?例えばあなたに明確な悪意を持って接してくる人がいたら、そいつからとっとと逃げるか、明確に反撃しなよ。「争いは何も生まない」とかいう道徳は無視していいよ。だってここ、現実世界だよ?

私達日本人は、海外の神様を信じている人たちのことを「でも、神様の証明って科学的にできないよね」って思ってるのと同様に、海外の人は私達の道徳観に関して「でも、道徳が報われる証明って科学的に出来ないよね」って思ってるよ。

だから、道徳が通じない状況に陥ったら、ちゃんと「ここは道徳が通じない世界である」ことを認識して行動してね。「道徳」という宗教は、逃げるべき時に逃げることを許さないし、戦うべき時に戦うことを許さないから、状況によってはうまく動かなくて、「道徳」があなたを殺したりするよ。

なお、もし「道徳とかフィクションだよ」って話を誰かに喋ったら、意図せず「だから俺は道徳なんか無視するぜ」という意味を暗に含んでしまい、結果あなたがメチャクチャ性格の悪い人だと誤解されてしまう恐れがあるから、上記の話は人にしないほうが良いよ。

ちなみに「じゃあ、道徳なんて最初から信じない」っていうのは個人的には反対だよ。あくまで道徳を主軸にして、必要に応じて「何でもあり」モードに切り替えればいいよ。だって、「何でもあり」の方を主軸にしちゃって「道徳信じたいのはヤマヤマだけど、結局なんでもありだからなー」みたいなヒネクレた考えを持ってしまうと、ろくな人生を送らないと思うよ。私のことだよ。助けろください。

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