文学ファイター

マンガが未来を作っている。

漫画未来創造説

皆さんは、昔の漫画家が書いた未来の人間の服装を見たことがあるだろうか?なぜだか分からないが、昔の漫画家が書く未来の少女の服装は、決まってハイレグ(にマント)だった。私は、幼心に疑問だった。なぜ未来の女性は水着のような服装をするのか。

しかし、時は二十一世紀。女性達はハイレグとまではいかないが、素肌を露出した服装を「おしゃれ」として好むようになった。一体なぜなのか?日本人はシャイな民族じゃなかったのか?女子高生たちはなぜあそこまで短いスカートを履くのか?なぜみずから「美少女戦士である」と恥ずかしげもなく言えるのか?

そして、過去にはただの子供相手の商売だったマンガが、今や世界を一世風靡する文化に。果たして、漫画とは我々にとって一体どういう存在なのか?

この謎を解明するキーワードとして、私は「漫画未来予知説」……いや、「漫画未来創造説」というのを唱えたいと思う。

私たちは、幼い頃から外部の影響を受けて人格を形成していく。親の教育。友との親交。テレビからの雑多な情報。そして、漫画。

子供たちがもっとも影響を受けやすいものといえば、アニメや漫画など、子供たち向けに作られた情報コンテンツである。私たちはゴレンジャーを見て仲間の大切さを知り、スカートが短い戦士を見てスカートは短い方が可愛いということを知り、藤子・F・不二雄さんが描いた未来の少女の服装を見て未来の人はエロいんだな、ということを知るのだ。

子供の頃からそういうものを見て、私たちはある種の洗脳を受ける。それは、「未来はきっと、こういう世界なんだろうな」というイメージを持つことである。また、それはメディアを通して広く公開された情報なので、他者も似たような未来への想像をするのだ。「未来のイメージの共有」である。

私たちは、何となく未来の車は空を飛ぶものだと思っている。二足歩行をするのではなく、空を飛ぶ。テレポーテーションの実用化で車という存在が陳腐化するのではないかとかいう考えもなく、ただ、空を飛ぶものだと思っている。なぜなら、テレビや漫画の世界で、未来の車は空を飛んでいるからだ。

未来には、人型ロボットがあふれている。バイオテクノロジーで、人間の言うことを何でも聞く新しい生命体が登場するのではなく、ロボットがいる。労働力の全ての自動化により、人間が人型ロボットを特に必要としていないとか、そんな夢の無い話は微塵も出ない。なぜなら、テレビや漫画の世界で、未来には人型ロボットがあふれているからだ。

そして、未来の女性は「おしゃれだから」というよく分からない理由で、肌を異様に露出させるのだ。そしてきっと、蚊に刺されまくるのだ。でも、彼女達はおしゃれのために、かゆいのを我慢するのだ。

私たちが考える未来は、実は私たちが考えたものではなく、私たちが子供だった頃に夢いっぱいのアニメや漫画を作ってくれた人たちが描いていた未来だ。

私たちは未来を想像し、それに向かって努力する。「こういう世界ができれば良いな」と。でも、その世界は、昔他の誰かが創造した未来なのだ。

もし私がもうちょっと未来に生まれることができれば、もっと露出の高い女性を見ることができたのに。

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