文学ファイター

概念世界こそメインの世界で、実存世界はサブの世界なのだ。

この世界は概念世界の奴隷

なんかAmazonで良さげな本を探してたら、松下幸之助さんの「道をひらく」っていう本がやたら評判良かったのね?で「あれ?この本、確か近所の本屋にも置いてたぞ」って思って近所の本屋行ったら、案の定ありまして。パラパラと立ち読みしましたね。「すげぇ……!この本、極めて清く正しい事が、真っ当に書かれてる……!!」。恐怖を感じた私は、本をそっと本棚に戻しました。清く正しいこと恐怖症の私です。こんにちは。

別に、清く正しいことに反感を持ってる訳じゃないのよ。なんだろう。反射的に拒否感を感じてしまう。前に『「福」に憑かれた男 人生を豊かに変える3つの習慣』っていう本も評判が良くて買ってみて、これも自己啓発的な本なんだけど、特に内容に感動することもなく、納得すること無く、むしろあんまり腑に落ちない。そもそも私自身があんまり自己啓発本合わないのかもしれない……。

で「道をひらく」の本を、本当に2、3ページだけパラパラと見たんだけど、その中に「それで(ついでに)日本国のためにもなれば良いではないですか」的な一文が書かれてたのね。別にこの本自体は右翼的な内容じゃないよ。たまたま開いたページに書いてただけだよ。で、この一文を見て、この世界の謎は全て解けたね。「この世界は概念世界に隷属しているのだ」とね!!しゃきーん!!

日本の話。私達日本人って日本好きじゃん?で、日本国のために何かを成し遂げた人って「かっけー!!」って思うじゃん?でも、冷静に考えると、なんで私達って日本国のために何かを成し遂げた人を「かっけー!!」って思うんだろう?日本人だから?そもそも私達ってなんで日本人なんだろう?日本に生まれたから?じゃあ、それ、運じゃん。たまたまじゃん。たまたま日本に生まれたから、日本人になって日本のために何かを成し遂げた人を尊敬するの?で、もし私達がたまたまアメリカに生まれたら、アメリカ人になってアメリカのために何かを成し遂げた人を尊敬するの?たまたま中国に生まれたら、中国人になって中国のために何かを成し遂げ人を尊敬するの?たまたまロシアに生まれたら、ロシア人になってロシアのために何かを成し遂げた人を尊敬するの?なんか引っかかるわ。腑に落ちなくね?

そもそも「私達は日本人として生まれた」と「だから日本国のために尽くす」は論理として成り立つの?例えば今、日本が戦争に巻き込まれたとして、あなた命賭けて日本のために戦える?私個人の話をすると、私自身は日本のためには、命を賭けられない。けど、家族のためなら命を賭けられる。父や母や兄弟が殺されたら、多分そいつと殺し合える。なので、もし家族の誰かが「私は日本のために戦う」と言うのであれば「その家族を守るために」という迂回した理由で、私も日本のために戦うことになるのでしょう。で、これは別に「日本よりも家族を優先する!美談!」って話じゃなくて、私の話もおかしい。なんでそもそも家族のために命を賭けるの?それ、おかしくない?だって、個の生命としては自分の命を最優先させるのが自然じゃない?家族とはいえ、他人じゃん。日本語が変だけど。より正しく表現するなら、自分とは別の生命体じゃん、家族って。なんで別の生命体のために自分の生命を犠牲にするの?

理屈で考えたら「自分の命を最優先させる」が一番自然じゃん。なのに私達は、自分が所属するグループのために命を使ってる。で、これは日本人だけじゃなくて、あの現実主義の中国人や、科学主義のアメリカ人すら中国のためやアメリカのために命を投げ出すのだ。冷静に考えると凄い。

で、私達日本人が日本のために命を投げ出すとして、そもそも「日本」ってなんだ?何をもってして「日本」って定義してるの?国境?例えば外国が日本に攻め入って、私達日本人が北海道まで追い詰められたら、北海道は「日本」じゃなくなるの?「日本」だよね?じゃあ、北海道も遂に攻められて、日本全土が敵の手にわたって、私達日本人が世界各国に散らばって抵抗運動してたら、この状態は「日本」はなくなってるの?あるよね?確かに日本国土は敵の手に落ちたけど「日本」は存在してるよね?その証拠に、私達は「日本」のために抵抗活動してるじゃない。もし日本全土が敵の手にわたった状態を「日本は無くなった状態」とするなら、敵の手から日本人が再度日本を奪還した時に、その奪還後の日本は「日本」じゃないの?「日本」だよね?それとも「日本」っていう概念は気軽に消えたり現れたりするものなの?違うよね?

それとも「日本」って国境じゃなくて、人?「日本人」?例えば、日本人が外国に帰化したり、逆に外国人が日本に帰化したり、結構簡単に別の国の人になれるんだけど、じゃあ、あれ?例えば、全日本人が一斉に外国人に帰化した後に、全日本人が一斉に日本人に戻ったら、一瞬日本は滅んでたの?

要するに、実は私達は日本人で、たしかに「日本」に所属してるけど、実は「日本」っていう概念は厳密には曖昧だ。で、そんなもやっとした何かのために、私達は命まで投げ出す、っていうんだからちゃんちゃらおかしいよね。

例えば、私の家族。うちは犬を飼っている。多分、目の前でうちの犬が殺されたら、犯人殺す。このエピソードだけ見ても、実は「家族」という概念も曖昧なことが分かると思う。だって犬だぜ?でも、私の家族なんだ。

そして、中国人は「中国」というもやっとした何かのために命を賭け、アメリカ人は「アメリカ」というもやっとした何かのために命を賭け、ロシア人は「ロシア」というもやっとした何かのために命を賭けるのだ。変なの。

そして面白いことに、戦争というのは、このもやっとした何かがぶつかり合うのだ。もやともやが激しく衝突するのだ。もやもやだ。そして、このもやもやのせいで多くの人が死ぬのだ。変なの。

つまり、私達は所詮サルなのだ。自分という「個」よりも所属している「集団」の利益のために命を賭けるのだ。「家族」のために「仲良しグループ」のために「きのこ派」のために「たけのこ派」のために「学校」のために「会社」のために「国」のために「人類」のために命を賭けるのだ。そして、このそれぞれの集団は、全部もやっとしてる。ただの概念だ。

今回、分かりやすく例として「国」を挙げたけど、例えば他に「宗教」のために命を投げ出す人もいれば、右翼や左翼などの「思想」に命を投げ出す人もいるのだ。概念に隷属し、概念のために生き、概念のために死ぬのだ。そして、その概念自身は、突き詰めて考えると全部もやっとしてるのだ。

こんにちは。この文章を読んでいる概念の奴隷ども。貴様らは、概念というもやっとしたものの為に、命すら投げ出すのだ。そして、それに疑問すら抱かないのだ。そして、今この文章を読んだ後ですら、あなたは概念の奴隷からは逃れられないのだ。あなたは友達を見殺しに出来ないし、愛する人を見殺しに出来ないし、家族を見殺しに出来ないのだ。概念のために死ね、ザコども。

逆転ホームランの話。普段全く意識していないけど、実は私達は死んだら概念になる。もしあなたが山田太郎くんだったら、山田太郎は死んだ後「山田太郎」という概念になる。「山田は良い奴だった」「山田はサッカー得意だった」「山田はモテモテだった」と、残された人たちの心に「山田太郎」という概念として残るのだ。そして、この山田太郎が、誰からも忘れられた時、遂に「山田太郎」という概念すら死に、真に「山田太郎」はこの世から無くなるのだ。

例えば、あなたのおじいさん、おばあさんはまだ生きてる?もし死んでいても、あなたが覚えているならば、彼らは概念となって生きているのだ。誰かが覚えていてくれる限り、彼らは概念となり生き続ける。つまり、永遠に誰にも忘れられないならば、その概念は永遠に生き続ける。すなわち神だ。

「キリスト」さんも、きっと普通に死んだけど、概念となり生き続けてる。「ブッダ」さんも、きっと普通に死んだけど、概念となり生き続けてる。「ムハンマド」さんも、きっと普通に死んだけど、概念となり生き続けてる。

「織田信長」も「豊臣秀吉」も「徳川家康」も概念となり生き続けてる。これ、冷静に考えたら凄い。だって、今に生きている私達、誰も「織田信長」にも「豊臣秀吉」にも「徳川家康」にも会ったこと無い。でも、なーんとなく「織田信長ってきっと革新的だったんだろうなー」とか「豊臣秀吉ってきっとアイデア屋だったんだろうなー」とか「徳川家康ってきっとウンコ漏らしてたんだろうなー」とかイメージがある。つまり、やつら生きてる。概念になって。最近だと、美青年になってゲームにすら出てるんだろ?ってか美少女にすらなってるんだろ?奴らは生きてるのだ。

「本田宗一郎」も「松下幸之助」も「スティーブ・ジョブズ」もみんなまだ生きているのだ。概念となって。

私達が子供を生む理由って、実は誰かに自分の事を覚えておいて欲しいからじゃないだろうか。子供なら、自分が死んだ後も、自分のことを確実に覚えていてくれる。子供を持つ予定がない人も、なんとなくこの世に何かしら自分が生きていた証を残しておきたいというのは、自分を覚えておいて欲しいからじゃないだろうか。

私達は、概念の奴隷になるために生まれたのではなく、死後、概念になるためにこそ今を生きているのだ。そして私達のこの実存世界は、よりよき概念になるための場なのだ。私達がこの実存世界で何事かを成し、そして死ぬことで、死後、私達はより良い概念となり、時には偉人となり、時にはカリスマとなり、時には神となるのだ。実存世界で肉体が滅ぶのは、本当の死ではないのだ。この世の誰からも忘れられ、概念ですら無くなった時が、本当に死ぬという事なのだ。

で、「誰からも忘れられない」ためには、良いことをすれば良いというわけでもないのだ。大量殺人を行うことで、殺人鬼達の神になることすら出来るのだ。日本に原爆を落とした大統領は誰からも忘れられないだろう。アメリカからは英雄として。日本からは悪魔として。そして、日本からは英雄に見える誰かは、外国から見たら悪魔に見えたりするのだろう。

この世に爪痕を残そう。大きいことをしよう。ヒーローになろう。子供を作ろう。人間の欲は、全部死後、自身が神となるためのものだ。私達は今から頑張れば、誰でも皆、普通に神になれるのだ。いいや、努力次第で「神という概念を超えた概念」にすらなれるのだ。

つまり、これを見てるあなたは神になれる可能性がある。神の子だ。あなたのお母さんもお父さんも神の子だ。あなたのペットも神の子だし、あなたの学校の先生も、近所のおばちゃんも、話が長い校長先生も皆神の子だ。ボブもスティーブもキムもアンデルセンもタロウもヌルガバも全部神の子だ。生きとし生けるもの皆神の子だ。あなたをいじめてるいじめっ子も神の子だし、ニュースでやってる痴漢も神の子だし、殺人鬼も神の子だし、独裁者も神の子なのだ。神の子なんてそこらじゅうにボコボコ居る。犬も歩けば神にあたる。

私達は概念になるために生まれた。神にもなれるだろう。悪魔にもなれるだろう。誰かの思い出になろう。誰かの記憶に残ろう。あなたの事を死ぬまで覚えていてくれる人はいますか?私はいない。友達いない。彼女もいない。助けてー。誰かー。

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