文学ファイター

これ12日月曜日の深夜に書いてたんだけど、12時回っちゃったから13日の作成日として出すね。

自分の人生の支配者

自分の人生の支配者の話。

小さい頃、私の人生は親が支配していた。母親はいわゆる教育ママだったので、そこそこ勉強させられてた。でも、お陰でそこそこ勉強は出来たので結果オーライだと思う。っていうか私に限らず、みんな小さい頃の人生は親に支配されているだろう。

多分、私が初めて自分の人生を支配したのは大学生になってからだと思う。多分、普通の人は早い人は中学生で、遅くとも高校生で、反抗期という儀式を経て自分の人生を自分で支配するようになるのだと思う。でも、私は反抗期というものはあったにはあったけど、特にひどくなかった。

で、なんで「私は自分の人生を自分の意志で決めるようになる」という時期が普通の人に比べてこんなに遅かったかというと、人生で積極的にやりたい何か、とかいわゆる夢とか希望とかが無かったからだ。良くも悪くも無欲だったのだ。

大学生になって、適当に生きようと決めた。他者との関わりも極力断った。で、その生き方が凄く楽だった。たぶん私はこの時期に、一気に社会的常識というのを失ったのだろう。高校まではそこそこ社会でやっていけてたもの。

で、大学卒業後に自分の意志でIT系の専門学校に入った。授業は全部興味があることだったので、全部楽しかった。ここで少し一般常識を取り戻した。

就職活動では苦戦した。バンバン落ちた。だって、就職面接で分かるほどの一般常識の無さだったからだ。ただ、実はちょっと楽しかった。あぁ、自分で自分の生き方を決めるってこんなに楽しいんだ、と思った。私は今、主にIT企業を受けているけど、その気になれば商社も銀行も受けることができるし、コックにもなれるし花屋にもなれるし出家して坊さんにだってなれるし、ニートにだってなれるのだ。なにこれ超面白い。

で、無事にIT企業に就職した。ただ、私は自分の一般常識の無さを自覚していたので、多分一年でクビになるだろうと思ってた。思い出作りに就職したのだ。ただ、なんか一年働いてもクビにならなかった。ビビった。で、クビにならなくても、いつか会社をやめようと思ってた。なぜなら私は働きたくなかったからだ。なんてワガママな、って思うでしょう。でも、一生に一度の人生なのでワガママな人生を送りたかったのだ。

で、いつかやめようと思ってやっていたことは、心の中でずっと貧乏揺すりをしていた。もちろんこれは比喩だ。説明しよう。

世の中には、変化が苦手な人っていうのがいる。ある生活パターンを始めると、その型にハマってしまい、ずっとその生活パターンを続けてしまう人のことだ。その生活パターンから少しずれたことをやろうとするのに、ものすごく恐怖を感じる人間のことだ。で、私はそういう人間だ。自覚があった。多分、何も考えずにこの会社で働き続けると、私の生活パターンでこの会社が当たり前のように存在することになってしまい、多分、一生働き続けることになるだろう、という自覚があった。

なんだろう。例えば私が、とある部屋で席に座ってると、ほわほわしたワタアメみたいな柔らかさのクッションが部屋に充満してくるのだ。そして、私の体全体を包み込んだ。でも、慌てることはない。だって、ワタアメみたいな柔らかさだ。その気になれば、ワタアメを押しつぶして、部屋から出ることが出来るだろう。

でも、部屋の中にワタアメが次から次から入ってくる。最初はものすごく柔らかかったのに、ギュウギュウになっていく。だんだん密度が高まって、ついに私は席に座ってる状態から、少しも体を動かすことができなくなるのだ。

というのが、型にはまった生活しか遅れない人間の比喩だ。私はこの種の人間だ。だから、私は席に座って貧乏揺すりをしてた。ワタアメは充満してきたけども、私は貧乏ゆすりを続けた。貧乏ゆすりを続ける限り、私が全く動けなくなることはない。貧乏揺すりをやめると、私は型にはまってしまう。貧乏揺すりを続けなければ。

私の貧乏揺すりは、すなわち「この会社に居るという状態は、一時的なことなのだ。いつか必ず辞めるのだ」と意識し続けることだった。私は意識し続けた。出来れば二十代のうちに働かなくても良い状態になって会社を辞めたかった。

株式投資を始めた。少しだけ起業の勉強もした。おばあちゃんが亡くなる前、弱っているときは、私が起業して会社やめておばあちゃんと一緒に生活することを夢見た。おばあちゃんが亡くなった後も、とりあえずレンタルサーバー業を始めようとしたりした。

気づいたら、30歳になってた。お金はまだ働かずに生きていくほどは貯まってないけど、世間一般の同世代よりはそこそこ貯まってた。だって実家暮らしだもの。私は現実を見だした。起業はそんな簡単にできるもんじゃないし、株だってそう簡単に大金を稼げるわけじゃない。私はまだ働かずに生きていく程はお金貯まってない。だから、会社はやめられない。35歳くらいでやめれたらやめたいなーくらいに思ってた。

でも、転職してもいいのだ。私の人生の選択肢に今まで「転職」が無かった。私はこの時初めて私の人生を自分で支配できていなかったことに気づいた。私の人生は「働かずに生きていきたいなー」という私の夢に支配されていた。びびったね。私の夢って私の味方だと思ってたのに。私の人生の選択肢を狭めるんだもんな。

有名な哲学者にスヌーピーさん、っていう犬がいるんだけど、彼のこんな言葉がある。「人生は配られたカードで勝負するしか無いのさ」。でも、自分の人生の支配権を自分で取り戻すことが出来たら、手札は増えるのだ。私は人生の支配権を、私の夢から奪い返し、新たに「転職カード」を手に入れた。

で「転職カード」を手に入れて、転職サイトとか見てると、なんかこう……腹の底がモゾモゾする。夢、希望、恐怖などがモゾモゾしてる。「転職先は本当にホワイト企業?」「そもそも転職できる能力はある?」「それは本当にあなたのやりたい仕事?」などの諸々の感情が吹き出してモゾモゾする。

「こんな面倒くさいことを考えないといけないなんて、もう転職しなくても良いんじゃない?」って私の中の悪魔がささやいている。「そもそも今の会社でも一応やっていけてるじゃん」「最悪の会社に転職してしまうリスクもあるんだよ?リスクの大きさ考えてる?」って私の中の悪魔がささやいている。

でも、私は多分本当は文章を書く仕事か、ウェブ系のプログラマーになりたいのだ。今の会社はそのどちらでもない。経験していない職業に転職するチャンスって、30歳でギリギリな気がする。35歳過ぎるともうアウトだろう。人生ってやりなおしきかないから、リスクを承知でやりたいことやるべきだと思う。でも、転職凄く怖い。気がつけば、席に座って貧乏揺すりをしていたはずの私が、貧乏揺すりやめてたみたいだ。「35歳でやめればいっかー」って決めた時から、貧乏ゆすりが適当になってたみたいだ。変化が凄く怖い。

「投資ミサイル」という本で、主人公の女性が、仕事の出来ない同僚を心の中で批判する文章がある。「ここでキャリアをつめないなら、とっとと見切りをつけて転職すべきなのに」的な文章だったと思う。私は仕事が出来る方ではない。ここにこのままいても、キャリアは積めないと思う。なので、おそらく転職すべきなのだ。

「チーズはどこへ消えた?」っていう有名な本も「かつて幸せがあった場所が、いつまでも幸せな状態というわけではない。いつでも状態は変わりうるということを意識し続け、常に動き出せる準備をし、状況が変わったならリスクを承知ですぐに動き出せ。むしろ、動かないことこそがリスクだ」的な啓発本だ。私の今の会社はホワイト企業だ。私がそこそこ一般常識を身につけたのも、この会社の懐が深く、私がそこそこ一般常識を身につけるまで、辛抱強く付き合ってくれたからだ。ありがとう。でも、今の仕事内容は、私がしたいことではないのだ。そして、人生は一度きりなので、後悔せずにしたいことをする人生を生きるべきなのだ。なので、私はおそらく転職すべきなのだ。

チャンスの神様っていうのがいる。人生で三回現れるらしい。ただ、めっちゃ足が早いので、現れたら即座に捕まえないと、チャンスを逃すそうだ。年齢が30歳って、そこそこ問題なく他業種に転職できる最後のチャンスの年齢かもしれない。

私は別に尊敬している人はいない。家族とは仲いいけど、特に家族も尊敬しているわけではない。人生相談をするような友だちもいない。っていうかそもそも友達がいない。人生相談する彼女もいない。彼女くれ。

というわけで、私の人生の師は本だ。私の人生の指針は本だ。本を尊敬している。崇拝している。そして、本はおそらく私に「転職したほうがいいよ」って言ってる。じゃあ、転職すべきなのだろう。でも、ワタアメが私の動きを封じようとしてる。転職怖い。なんか、夏休み終わりギリギリまで宿題をやらない小学生な気分だ。最終的に追い詰められて、もう何が何でも転職したいって状況になって、全然余裕を持てずに転職したりするんだろう。でも、それで満足できる会社に転職できるわけがないのだ。ってことはまだ余裕のある今、転職しないと。自分の人生を自分で決めるって確か凄く楽しかったはずなのに、今、私の人生の支配権は「生活パターンを変えたくないという私の性格」に奪われつつある。取り戻さないと。転職に関するリスクがメッチャ怖いけど、これは多分取らないといけないリスクなんだろう。

というのが今の私の状態なんだけど、あなたの人生の支配権は、ちゃんとあなたが握ってる?あなたの人生の支配権はあなた自身じゃなくて「一般常識」とか「人間関係」が支配してたりしない?大丈夫?私なんて、私自身に限定した人生支配略奪者しかないのに、それでもこんなに私の人生の支配権の奪い合いが起きてるんだから、多分自分の人生の支配権を自分で握ってる人って結構少ないんじゃなかろうか……。

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