文学ファイター

安倍首相のバーカ。

抑圧

ちょっと前にネットで『北朝鮮から脱北した女性が海外の方と掲示板でやりとりしたのを翻訳したよ』っていうのをブログで見た(というわけで、正直元ネタの信憑性は保証できない)のですが、その女性は北朝鮮に住んでた時に、特に自分が抑圧されていると感じたことは無かったそうです。なぜなら、生まれた時からその状態だったから。

社会主義国のソ連が崩壊した時に、当時の政府がまず自国民に行ったのは「実は自分たちの国は他国に比べてそれ程優れた国ではないのだ」と教えることでした。逆に言えば、ソ連の国民は「自分たちは優れた国に住んでいるのだ」と崩壊まで信じて疑っていませんでした。

つまり、外部から見ると一見抑圧されているような人たちも、その人たち自身は「自分は抑圧されている」と感じていない。「抑圧されている」と感じるか否かは、他の、より抑圧されていない国と比べて初めて「あ、自分の国はあの国と比べると自由度が低いな」と気がつく、相対的なものであるということです。

ちょっと前に「アラブの春」って言って民主化運動が盛んに行われた時期があったけど、あれは多分インターネットの発展で他国のサイトとか見て「あれ?自分の国は他の国に比べて抑圧されていないか?」って相対的に他国と比べて気づいたからだと思う。

ということは、私達日本人から見ると北朝鮮の人は自由が全く無く、抑圧された可哀想な国に見えるけど、実は北朝鮮の人たちは(もちろん「経済的に」とか「食料がない」とか実質的な問題はあるけども)私達が想像してるよりは、それほど「自分たちには自由が全くない」とは思っていないのではないでしょうか。

で、抑圧されていることに抑圧されている人たち自身は気が付かない、って言うことは、実は私達日本に住む日本人も、他のどこかの国から見たら、何かに抑圧されているのかもしれない。そして、その抑圧に、私達自身は気がつけておらず「日本っていい国だよねー」って思い込んでいるだけかもしれない。

日本人は何に抑圧されているんだろう――と考えた結果、一つ思いつきました。サービス残業です。サービス残業って明らかに抑圧ですよね。金もらえないのに働かせるって。他の国じゃ聞かないし。でも、私達はこのサービス残業という名の抑圧に対して一度も戦ったことがない。なぜなら、私達が生まれた頃から、日本にはそういう会社が数多あったから。もちろんサービス残業が無い会社が理想だけど、実際あるよね。しょうがないよね、って思っちゃってる。なんだ、私達は「なんで北朝鮮の国民は自由のために戦わないんだろう」って思ってるけど、私達も同レベルじゃないか。

じゃあ、全く抑圧されていない人……この世界で真に一番自由な人から見るとこの世界はどう見えるんだろう……。多分、世界のほとんどの人が抑圧されているように見えるんだろうね。

っていうか真に自由な人って存在するんだろうか。多分、物凄い権力者の人だと思うけど、例えば日本の首相が自由か?って聞かれると、そうでもないし、天皇もそれほど自由じゃないし、素直に考えるとアメリカ大統領?とも思うけど、大統領も資金を提供してくれる黒幕の意見を聞かないといけないだろうし、実はその黒幕には更に裏に黒幕がいて――とか考えると、多分この世界で一番自由な人は(もし実在するなら)私達が全く名前も聞いた事無いような知らない人なんだろうね。

自分自身が抑圧されていることに自分自身が気づけない、っていうのは結構ショッキングだけど、歴史的にみて一番平民が自由だった時代っていつだろう、って考えると多分、一揆が起こっている時代だと思うんだ。農民が「お前ら年貢取り過ぎやねん!ぶち殺すぞコラー!!」っていうやつ。

もちろん一揆は、日本だけじゃなくて世界各国で起こってたわけだけど、まず一揆が起こるってことは「自分たちは年貢を取られすぎてる」って自分たちで判断できてる、ってことだ。あの時代はもちろんネットとか電話とか無いから「うちの所、今回年貢これだけ取られたわー」「マジで!?俺の所、その5倍取られたんだけど!?」「それ取られすぎじゃね?」とかいうやりとりは、他の村とか国とそんなに気軽に出来ないわけさ。でも、自分たちで「今年の年貢のとり方は異常だわ。俺達は抑圧されてるわ。ぶっ殺す!」って判断できるのは凄い。

でもって、一揆を起こせる、っていうことは、その人たちは抵抗するための武器を持っている、ってことですよ。これは大きい。そこら辺の町の人が、その気になれば上に向かって抵抗できるっていうのは凄い。その気になれば殺せる。私は「給料低いわ!!」って言って社長を殺すことなんて出来ない。武器もないし。一揆の時代には、自分たちは抑圧されていると自身で判断できる能力、自由を求めるために上と戦える武器がある、つまり、今自分は自由かどうか判断できるし、自由を求めて戦えたのが一揆の時代なんですよ。平民が武器を持っているっていうのは、自由を求めるのに重要な要素だと思うんだよね。(正確には一揆は年貢だけが原因じゃなくて、宗教の権利を求めた一揆とか色々あるけど、全部目的は「権利の主張=自由の主張」なんだよね。)

で、この世界で一番自由な国はどこだろう、って考えるとやっぱり最初にアメリカが思いつくよね。平民が武器(銃)を所持できるし。でも、アメリカに住みたいか?って聞かれると私は住みたくない。確かに自由な国だけど、銃を使用した犯罪が多いし、っていうか銃に関わる犯罪に限らず、犯罪が多いイメージがある。逆に、抑圧されている北朝鮮で「一般人による犯罪が多発」っていうイメージは、不思議なことに全くない。汚職はあるだろうけど。恐らく、自由すぎると、今度は規範という名の抑圧のタガまで外れてしまうんだと思う。"アメリカは自由な国"っていうイメージはあるけど"アメリカは道徳的な国"っていうイメージは全くない。

多分「どの程度抑圧し」「どの程度自由にするか」の配分で、各国の政治や文化の色ができるんだろうね。北朝鮮は抑圧成分がやや強すぎて、アメリカは自由成分がやや強すぎるんだろう。

で「どこを自由にして」「どこを抑圧するか」っていう部品ごとの判断もその国を色づけるものの一つだよね。例えば女性は顔にスカーフをつけなければならない、っていうイスラムの国とかは私達から見ると「凄く女性の自由を抑圧しているなー」と感じたりするわけだけど、生まれた時からそのイスラムの国に住む人は、日本人の女性が「化粧して外出るのは当たり前」と同じくらいの当たり前の感覚で顔にスカーフをまいているんだろう(ん?っていうことは、もしかして日本人女性の「外に出るときは化粧をする」っていうのは、実は日本人が日本人女性に対して行っている無意識的な抑圧の一つかもしれない)。そして、この抑圧は、一見「女性の自由がないな」というイメージがある一方で、なぜか私達はスカーフを顔に巻いている女性は凄く道徳的なイメージがある。なんとなく規範的なイメージを持つ。そして、当のイスラムの国ではスカーフを巻く女性は「自由を抑圧されている女性」ではなく「うちの国の規範の象徴」というむしろプラスのイメージを持っているんだろう。

話が前後して申し訳ないけど、日本から見た北朝鮮に戻る。私達日本人が、なぜ「北朝鮮の人は自由がないんだろうな」って思うかっていうと、一番大きな理由は金正恩に「金正恩のバーカ」って言えないからだと思う。人前で言ったら、多分死刑になるんだろう。私達日本人は「安倍首相のバーカ」って自由に言える。人前で言っても死刑にならない。

で、日本人である私達は「安倍首相にバーカって言える自由」っていうものの重要性を知ってる。「安倍首相のバーカ」って言っても死刑にならないからこそ、具体的に私達は安倍首相の政策を批判したり、政治手腕を評価したりが気兼ねなくできるから。

逆に北朝鮮は「金正恩のバーカ」って言う自由がないからこそ、「金正恩の政策を批判するのはアウトなのかな。言うと、つまり金正恩を馬鹿にしてることになるからな」とか「金正恩の政治手腕を評価してバカにしたら多分死刑になるんだろうな」となって、金正恩政権そのものの批判ができなくなる。

表面的には「安倍首相のバーカって言う自由」は一見無くても構わないように見える。だって、普通に考えると、人の悪口を言うのは良くないし、特に「安倍首相のバーカ」って言う自由がなくても普通に生活することはできるからだ。

そして、表面的には大したことのない自由だからこそ、北朝鮮の人たちも『「金正恩のバーカ」っていう自由は特に必要ない』と思っちゃったりするのだ。表面的には馬鹿らしい自由だけど、実はものすごく重要なことなのに。

で、多分この「金正恩をバーカって言う自由」の重要性に北朝鮮内の誰かが気づいても、実際にはその自由を政府に訴えることは出来ないと思う。なぜなら表面的にはものすごく馬鹿らしい自由であるがゆえに、他の人に「お前、頭狂ってるんじゃないか?」と思われるからだ。だって「金正恩のバーカって自由に言う権利」の主張ですよ?人に悪口を言う自由ってどないやねん。しかも、国を代表する人間に対して「バーカ」って言う権利って……お前、マジで外国のスパイじゃないか?って思われること間違いない。

考えてみると「手に入れていない自由の発見」っていうのは凄く難しい。「安倍首相のバーカ」と言う自由の重要性は表面的には全くわからないし。多分私達がまだ気がついていない「一見重要性もない抑圧」に対して「裏にある重要性」に気がついてそれに対して自由を得た時に、私達は何かとんでもなく素晴らしい国になったりするのだろう。北朝鮮が「金正恩のバーカ」という一見重要性のない抑圧に対して「裏にある重要性」に気がついてそれに対して自由を得た時に、独裁国家から民主国家への道が開けるようなインパクトで、劇的に社会が変わったりするのだろう。

で、これから全く関係ない話をします。一つの記事にするほどのことではないのでここに書きます。

釈 由美子っていう女優さんがいるじゃないですか。私は釈さんのファンなんですよ。「釈由美子のファンとか、お前ちょろい男だな」と思われるかもしれませんが、私はちょろい男ですよ。

で、釈さんは整形疑惑があるんですよ。っていうかもう明らかに整形しているんですよ。しかも、複数回整形手術を行っているんですよ。で、前にテレビで釈さんが言っていたんですけど、「自分は醜いのでお風呂では自分の体を鏡で見たくなくて電気を消してお風呂に入っている」そうなんですよ。これって明らかに身体醜形障害なんですよ。心の病なんですよ。っていうか、多分釈さんを知ってる人は皆「釈さんは身体醜形障害だなー」って思ってると思うんですけど、あれはなんで誰も釈さんを助けないんですかね?釈さんの天然話を聞く前に、釈さんをメンタルヘルスへ連れて行けよ。病気じゃねぇか。病人をテレビに出すなよ。っていつも思うんですよね。あれ、誰か助けてあげないんですかね。

で、現実には釈さんが美人じゃなかった事なんてかつて一度も無いんですよ。ずーっと美人なんです。整形手術をする前から美人なんです。そもそも整形手術の必要なんてないんですよ。最初から美人だから。っていうか、下手に整形するよりオリジナルが一番可愛かったんじゃないかくらいの美人さなんですよ。釈さんが醜かったことなんてないんです。釈さんの友達やマネージャーや所属事務所は一刻も早く釈さんをメンタルヘルスへ通わせるべきなんですよ。

それともあれですか?釈さんに「あなたは恐らく身体醜形障害だから病院へ行こう」って言えない事情でもあるんですか?抑圧されているんですか?例えば金正恩に「あなたは太ってるからダイエットしよう」っていうのと同じくらいに釈さんに「あなたは恐らく身体醜形障害だから病院へ行こう」って言うのはリスキーなんですか?なんなんですか釈さんは芸能界では金正恩並みに権力者なんですか。

例えば金正恩の健康状態を本当に心配しているならダイエットを勧めると思うんですよ。髪型のセンスに関しても「それは無いわ」って言ってあげると思うんですよ。真に金正恩のことを思うなら。でも、皆実は金正恩を心からは心配してないんですよ。だから誰も言わないんですよ。「渋谷のカリスマ美容師に切ってもらうといいよ」とかアドバイスしないんですよ。

でも、私は釈さんのファンだからこそ言いますが、本当に病院に行ったほうがいいですよ。あと、私と結婚してください。

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