文学ファイター

かたより。

かたより

私は仕事が出来ない。なぜなら常識が無いからです。

例えば仕事で何か指示をいただいたとき、「一般的には指示をこう理解するよね」と「ひねくれればこういう指示の捉え方が出来るよね」で私は大体ひねくれた方を選びます。なぜなら私は考え方が片寄ってるからです。

でも、考えてみれば世の中の人はみんな片寄ってるんですよ。普通に仕事が出来る人だって「一般常識に片寄って」いるんですよ。そして、そんなてめぇは大体普通の考え方しか出来ずに平凡な人生を送り、没個性で一生を送るんですよ。ざまあ見やがれ。

と言っても、一般常識を持ったあなたはどうせ「いいじゃん、それで」とか思うのでしょう。この常識人めが!!

というわけで、常識を持った大人というのがいかに片寄っているのかという話をしましょう。

あるー日♪街のーなーかー♪妖精がー♪一瞬見えたー♪りするとどうせお前は「うお、幻覚見えた!」とか「一瞬歩きながら寝たわ!」とか「ダメだ俺働き過ぎで疲れてるわ」とか思って、妖精は無かったことになるのでしょう。なぜならあなたは「妖精はいない」と"知って"しまっているから。

これがもし一般常識の無い子供だったら、「うお!見た!妖精見つけた!」ですよ。だって見たもの!一般常識とかに汚されてないもの!

これが一般的に言われる「子供の頃しか妖精が見れない」説の正体なんですね。へー。

そして、実は子供にも「子供世界の一般常識」があります。あなたも子供の頃、「子供世界の一般常識」を持っていました。今では忘れてますけどね。

さて、お子さんを持っている方は、自分の子が果たして「子供世界の一般常識」を持っているかどうか心配ですよね?子供とは言え一般常識は備えていてほしいもの。ぜひ、この質問をしてみましょう。

「雨が神様のおしっこって知ってる?」

小学一年生以下の99%はYESと答えます。NOと子供が答えてしまったら、急いで病院へ!!そうです。子供たちは雨は神様のおしっこだと"知っている"のです。

というように、考え方が片寄っていると見える世界もまったく違うのです。きっと宗教が盛んだった時代には神様を見た人がいるでしょうし、1000年前には巨人もいたことでしょう。

そして、今この時代だからこそ、我々が普通に見えている「何か」が、100年後の世界ではまったく見えなくなっていることもあるでしょう。

そんな悠久なる時代の流れの中で、私が仕事が出来ないことに何の問題があるのでしょう?いいえ。何の問題もナッシング。

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