文学ファイター

私は常に少数派に所属しているが、常に負けつづけている。なぜだろう。

なぜ少数派は多数派と拮抗しうるのか(そして時に勝利するのか)

少数派と多数派の話。

人間は社会と関わりを持つ上で、おそらく何らかの集団に所属していると思います。

右翼VS左翼。引きこもりVS反引きこもり。経営者派VS社員派。家族と家族以外。地球人と宇宙人。犬派と猫派。男と女。現実主義者と理想主義者。

さまざまなグループの多くは多数派と少数派に分けることができます。

多数派は常に勝利し続ける――わけではないのは皆さんもご存知でしょう。多数派が常に勝利するなら日本は未来永劫自民党が与党であったはずです。アメリカはベトナムに負けなかったはずです。女性はここまで社会で権利を得られなかったはずです。

少数派はなぜ多数派と勢力を拮抗しうるのか。そして時に勝利するのか。

私が考えるにそれは意識の違いです。

多数派の思考。「こんなに人数がいるんだから、自分がやらなくてもきっと他の誰かがやってくれるだろう」

少数派の思考。「自分がやるしかないだろう」

かくして多数派の大部分は行動せず、少数派の多くが行動をする。

最近の日本がなぜダメなのかというと、日本が少数派で無くなってしまったのも一つにあるのでは。

大昔はアジアの大国中国と、時に従い、時に歯向かうという異端児。第一次大戦ではアジア人のクセに戦勝国という異端児。第二次大戦後はアジア圏で先進国として唯一G7に名を連ねた異端児。

ここまで日本が少数派ながらに頑張ったのは「なぜなら自分が行動を起こさなければ、他の誰も手を貸してくれないから」「まわりの国は容易に自分の敵になりうるから」。

ただ最近の日本はあまり少数派という意識はありません。世界の中で孤立しているかといわれればそうでもない。EUやアメリカが突如敵となりうるかというと、そういうことはない。

幸か不幸か、日本は今世界の中ではおそらく多数派に所属している。「何の多数派?」と聞かれるとうまく答えられないが、とりあえず疎外感は無い。

世界のいざこざはきっと誰か(アメリカ)が対応してくれるだろう。

世界の経済もおそらく誰か(中国の需要)がどうにかしてくれるだろう。

いまや多数派に所属する日本には当事者意識の欠如が著しい。だって、事実他の誰かがどうにかしてくれるから。

ロシア/中国/アメリカ/EUに並び、日本は確かに世界のバランサーの一角は担っているけど、当事者になったことはほとんどない。

「おー。ロシアがアメリカとまた張り合ってるわー」とか「中国がアメリカ抜かすわー」とか端から見てて面白いけど、面白がるだけで何もしない。自分が関わらなくても、事実、世界は問題なく動いているから。

日本の政治はだからダメなんだ!と叫ぶ右翼は、だから選挙に俺が出る!という話にはならない。自分は啓蒙するだけ。そしたらきっと啓蒙に感化された「誰かが」日本を変えてくれるから。

日本の企業はだからダメなんだ!と叫ぶ会社員は、だから俺が起業する!という話にはならない。自分は毎朝の日本経済新聞を見て憤慨するだけ。優秀などこかの「誰か」さん!はやくどうにかしてくれよ!

なんで日本の少子高齢化問題は解決しないんだ!と憤慨する私は「だから俺が結婚して子供いっぱい作る!」という話にはならない。結婚どころか彼女さえ出来たことないし。作る努力もしてないし。奇跡的に結婚できたとしても「少子高齢化を解決するぞー!」と思いながら子供は作らない。自然に任せ、かつ家計簿とも相談しなければならない。とりあえず彼女募集中です(と、きっと誰か女性がアプローチしてくれるだろうという姿勢もやはり他人任せの一種)。

最近の少数派による大勝利と言えば民主党の躍進――ではなくオタク文化の発展だと思うよ。オタクな人達って事実昔は少数派で差別の対象ですらあったのに、コミケとかコスプレとか「自分も参加して盛り上げるぜウラー!!」な感じがすごいです。参りました。多数派になりすぎて当事者意識を忘れないよう頑張ってください。

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