文学ファイター

ゴッド、いわゆる神。

最近の僧侶や神官や神主や巫女はきちんと仕事してないと思う

イエス・キリストさんがなぜその後、キリスト教という一大宗教の神様になり得たのか?当時でもイエスさん以外にもいろいろな宗教的指導者がいたのに。

それは、イエスさんに宗教的な道徳的行動以外に、医学・薬学の知識があり「神に祈れば助かるよ」という誰でも言葉だけなら言えるような教えだけでなく、きちんと貧者や病人を治したからだと言われている。

釈迦さんも王族の出身であり、小さいころから教養のために医学を学んでいた。

日本で有名な鑑真さんは仏教の他、薬草や彫刻の知識があった。

科学の登場により神という存在は衰退したが、科学が登場する前の時代、まだ神様が人々の身近に存在した時代には神学というのは今考えられているよりももっと実学的で科学的だったのだ。

さらに、釈迦さんと鑑真さんとイスラム教で有名なムハンマドさんは政治の知識も持っており、鑑真さんは当時の日本への助言、釈迦さんとムハンマドさんは実際に指導者として活躍した。

つまり、神学は政治に関しても深く関わっていたのだ。

さらに、宗教的な指導者として周りの人に規範的な行動を示していたと考えると、昔のあるべき神官としての姿は、実際に苦しんでいる人を助けるための医学としての知識、そして、貧困や、苦しんでいる人をいかに無くすかの実学としての政治学、さらに、道徳的な規範としての行動を行っていたと考えられる。まさに完璧超人。

ひるがえって現在の神官やら僧侶はなんですか。彼らは、「貧困をなくしたい。病者を救いたい」という気持ちから神官や僧侶になるのではなく、「神官になりたい。僧侶になりたい」と思って神官や僧侶になるという、まさに本末転倒な奴ら。

医学や薬学の知識を学ぶのではなく、神を学ぼうとする彼ら。いやいや、あんたらさ、神が実在するとしたら、その神様は「自分自身の事を知ること」をお前らに求めるのか、それとも「貧者や病者を救うこと」をお前らに求めるのか、考えなくても分かるだろ?

しかも、当時の奴らは自分の信じるものに命懸けてたぜ?イスラム教徒は武装してまで考えを広めようとしたし、当時の日本の僧も命懸けて唐まで仏教を勉強しに行ったし。

というわけで、今一番日本の坊さんに求められる事は神に祈ることじゃなくて、介護について勉強して介護の方法を学ぶなり、医学の勉強をするなり、独裁者の国まで行って、人々にいかにこの国が間違っているかを訴えたりすべきだと思う。イラクへ行き、アメリカの失策を非難すべきだと思う。海賊が登場している海域へ行き、海賊以外の商売できちんとやっていけるような農業やら商売やら彼らに教え、指導すべきだと思う。

ごめん。これはあまりに非現実的だった。

例えば、老人を集めて毎朝健康のためにラジオ体操をするとか、ボランティアで街のゴミ拾いをするとか、浮浪者を家に泊めて仕事の世話をするとか、「格差社会を是正しろー」とデモをするとか、そういう小さな事でも良いんだ。少なくとも、神様についての勉強をして、「神はこの時、こうおっしゃった」とか自慢げに話すんじゃなくて、実際に行動すべきだと思うんだ。

私に向かって「あれ?お前、昨日、チンコの話とかしてなかったっけ?」ってツッコむ前に、まず外に出て、とりあえず何か出来ることから始めるんだ。

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